<金口木舌>艦砲射撃の下で


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 岩波書店が1955年に発刊した「昭和史」をめぐって評論家や歴史家が激しく議論を交わしたことがある。世に言う「昭和史論争」である。論争のもととなった本の著者の1人、今井清一氏の訃報が本紙に載った

▼論争の契機は評論家・亀井勝一郎氏による「この歴史には人間がいない」という批判だった。戦争を強行した軍部・政治家らと、戦争に反対した共産主義者らの間にいる国民の姿が見えないと断じたのである
▼59年発刊の「昭和史」新版は、前書きで「研究者、評論家の批判をうけた」と断った上で「戦争をおしすすめた力とこれに抵抗する力との対抗に視点をすえた」と記した。基本姿勢は旧版を踏襲した
▼「昭和史」は今も版を重ねている。沖縄戦に関する記述は「全島は焦土と化し、日本軍の死者一〇万、他に一般国民一五万人が戦火にたおれた」など3行ほど。その行間に県民の苦悩がにじんでいる
▼教科書検定のたびに「集団自決」(強制集団死)の記述に注目が集まる。住民を死に追いやった根本原因をあいまいにする動きに県民はあらがってきた。沖縄戦の実相を隠蔽(いんぺい)する勢力との対峙(たいじ)が続く
▼沖縄戦は無辜(むこ)の県民の命を奪った。温かい家族の愛、輝かしい子どもたちの夢を押しつぶしたのである。75年前の今日、米軍は慶良間の島々や本島南部に艦砲弾を放った。炸裂(さくれつ)音におびえる県民の姿を想像する。