<金口木舌>最後の言葉

 姉は15歳、弟は8歳だった。両親を亡くしていた。ごった返す列車の中で弟は履いていた靴をなくしてしまった。姉は弟を叱責(しっせき)する。「靴をなくすなんて、何てばかなの」

▼列車の向かう先はアウシュビッツ強制収容所。それが弟と交わした最後の言葉になった。辛うじて生き延びた姉は戦後、強い後悔の念に駆られ、誓いを立てる。「最後の言葉になったら困るような発言は二度としない」と。あるテレビ番組で知った
▼あらためて言うまでもなく、言葉は大切だ。沖縄には「くとぅば じんじけー(言葉は銭使い)」という黄金言葉(くがにくとぅば)がある。言葉はお金のように大切に使いなさいという教えだ。日本には言葉に魂が宿る「言霊」という考え方もある
▼その対極にあるのが、ヘイトスピーチ(憎悪表現)だろう。少数者を標的に罵詈(ばり)雑言を浴びせ、個人の尊厳を傷つける。差別と偏見をあおる言葉は醜く、悲しい
▼大阪市で全国初の対策条例が成立した。街頭デモだけでなく、印刷物やインターネット上の活動も対象で、言葉の暴力は許さないという決意がみなぎる。一方で国会での規制法案は継続審議のままだ。国連が法的整備を再三勧告しているが、動きは鈍い
▼ヘイトスピーチは放置するとヘイトクライム(憎悪犯罪)、ジェノサイド(民族大量虐殺)へとつながる。冒頭の姉弟の悲劇を二度と生んではいけない。