<金口木舌>気仙沼の星空

 美しい星空だった。悲しい星空でもあった。東日本大震災の2年後、宮城県気仙沼市でのこと。駅前の宿から港近くの復興屋台村へ向かった。市役所の角を曲がると、街灯が途切れ真っ暗になった。津波が襲った一帯だ

▼地盤沈下していて道路だけ1メートルほどかさ上げされている。路肩の段差が危なくて中央寄りを歩く。人けはない。時折通る車のライトが頼りだ。壊れた建物も幾つか残る。ふと立ち止まり、空を見上げた。冬の澄んだ空気で一層きらめく満天の星。視界がにじんだ
▼屋台村のおばちゃんの話は生々しかった。真っ黒な津波のせいで海を見られなくなったこと。倉庫から流された魚の強烈な腐敗臭が町に漂ったこと。巨大バエの大群は殺虫剤も効かなかったこと。炊き出しのうどんに涙したこと。生の声が心に響いた
▼あの日から5年。先週の「フォーラム3・11」では「5年を機に政府の幕引きが始まる。次は五輪という空気が強まる」と現地の危機感が伝えられた
▼5年前、日本中が被災地を向き、何かできないかと考えていた。今どうだろう。東京発の震災報道も、きょうを境に激減する懸念がある。被災地は忘れられてしまう
▼気仙沼の港周辺に明かりは戻っただろう。あの星空は見えなくなっただろうか。私たちも日常に追われ、今なお続く被災地の苦悩が見えなくなってはいないだろうか。



琉球新報