<金口木舌>この島に降った雨


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 今年はまだ台風が1個も発生していない。通常は4月までに1号が誕生するが、このままだと18年ぶりの遅さになるらしい

▼71年前の沖縄戦中は、今ごろ台風が近づいていた。米海軍は6月5日、沖縄近海で風速63メートルの台風に見舞われ、戦艦4隻、空母2隻など計36隻に損害を負った。140機余の艦載機も失った。「バイパー」(毒蛇)と名付けるほど、米軍には痛手となった台風だった
▼元気象台長の正木譲さんが石垣島気象台ホームページに記した「南風(ぱいかじ)日記」によると、1945年の沖縄本島の梅雨は5月13日から6月23日までの42日間。降水量560ミリと活発だった。特に5月19日から6月6日にかけては豪雨が続いたという
▼米軍の戦車は泥にはまり、進攻は難渋した。弾薬や食料の補給も遅れた。湿気で爆弾の起爆性が落ち、米軍が撃ち込んだ砲弾は泥にめり込んで、多くの割合で不発となった。豪雨によって救われた命もあった
▼住民の渇いた喉を潤す水にもなっただろう。雨が降れば泥まみれの中を逃げ惑い、日が照れば灼熱(しゃくねつ)地獄。過酷な戦場を生き延びた先人に改めて思いをはせる
▼今年はいつにも増して重たい慰霊の月となりそうだ。この島に吹き荒れた砲弾の嵐に加え、71年間も続く不条理に、県民は何度、涙の雨を流してきたことか。この島にもう二度と悲劇を起こさせないよう意志を示す月でもある。