<金口木舌>二つの9・11


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 米国の中枢が同時多発攻撃された2001年の「9・11」事件から明日で満15年。さらに28年さかのぼるもう一つの「9・11」がある

▼1973年9月11日、チリで軍事クーデターによって政権が倒された。大統領官邸が包囲され、攻撃された。アジェンデ大統領は亡命を拒否し自殺した。激しい「左翼狩り」もあり、この日だけで3千人以上が亡くなったといわれる。中南米では、9・11と言えばこちらを指すのだという
▼東西冷戦下、米国は中南米で左翼が台頭するのを防ごうと、CIAによる資金供与などで各国への干渉を続けた。チリに対しても、64年からアジェンデ氏当選を阻むためさまざまな手段を講じていた
▼しかし70年、ついに世界初の自由選挙による社会主義政権が誕生。銅鉱山国有化などを阻止したい米国が支援してのクーデターだった。その後、ピノチェト将軍による軍事独裁政権は、冷戦が終結する89年まで続いた
▼73年の9・11は米国が仕掛け、2001年は米国が攻撃された。後者では米国は、報復としてすかさずアフガニスタンを攻撃。さらに2年後、イラク戦争に踏み切る。こうして生じた中東の混乱が、テロが横行する世界になった一因である
▼沖縄は米国との因縁が長く深い。米国は何をしてきたのか、何をしようとしているのか。両事件の犠牲者を悼みながら考えてみたい。