<金口木舌>壁と「世界の終り」


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 村上春樹さんは壁にこだわる作家だ。小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は高い壁に囲まれた街を描き、「ねじまき鳥クロニクル」では主人公が厚い石の壁をすり抜けた

▼スピーチでもよく用いる。2009年にはイスラエルで「高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵」を例に「私は常に卵の側に立つ」と語った。ドイツでは14年に「壁は人々を分かつもの。時には暴力を伴う」と壁のない自由な世界を訴えた
▼今、逆のことが米国で起きている。トランプ大統領は就任早々、メキシコ国境に堅固な壁を造る大統領令に署名した。荒唐無稽な公約は本気だった
▼カナダの研究者によると、ベルリンの壁が崩壊した1989年、世界には国境などに16の壁があったが、15年には65まで増えた。ハンガリーとセルビアの国境には全長177キロ、ギリシャとトルコの間には10キロの壁の建設が進む。難民を阻止するためだ
▼トランプ氏の極端な排外政策はついに空にまで壁をつくってしまった。イスラム圏7カ国からの入国禁止だ。航空各社が搭乗を断るなど世界中に混乱が広がる
▼村上さんは昨年、デンマークで「どれだけ高い壁を築き、厳しく部外者を排除し、都合よく歴史を書き換えても、結局は自分を傷つけるだけだ」と警鐘を鳴らした。「世界の終り」へ導きかねない新大統領に聞かせたい。