<金口木舌>元ハワイ捕虜の笑顔


この記事を書いた人 琉球新報社

 2003年に亡くなった小説家の嘉陽安男さんにハワイの沖縄人捕虜を描いた連作がある。本人も摩文仁で捕われ、ハワイに送られた。主人公「石川三郎」に自身の体験を投影したのだろう

▼輸送船の中で牛馬並みの扱いを受けた石川は、激戦から解放されたのだと自分に言い聞かせ「死んでたまるか」とつぶやく。そうすることで不安に耐えた
▼ハワイの収容所で見知らぬ捕虜の死に直面する。「一人死んだ。肉親の誰にも見守られず、同じ捕虜の仲間にも知られないまま、一人の捕虜が死んだ」。衝撃を受けた石川は沖縄の肉親を案じる
▼沖縄からハワイに送られた捕虜は3千人に上る。つらかった輸送船、捕虜の死、郷愁の念。小説が描く出来事は沖縄人捕虜の共通体験であろう。忘れ難い、忘れてはならぬ。元捕虜は重い体験を背負い戦後を送った
▼ハワイの収容所で亡くなった12人の慰霊祭に参加した遺族や元捕虜の心は晴れただろうか。遺骨は確認できなかった。せめてマブイ(魂)を持ち帰りたいという心境かもしれない。痛切な思いを抱く遺族らと国は向き合うべきでないか
▼慰霊祭参加者とハワイ在県系人の交流会で笑顔を浮かべてカチャーシーを舞う元捕虜の渡口彦信さん、古堅実吉さんの写真が本紙に載った。この笑顔は何物にも代え難い平和の証しだ。沖縄に戻れなかった12人の慰めにもなろう。