金口木舌(2010年9月15日)

 「乞食(こじき)をするのは恥ずかしい。しかし、われわれの土地を取り上げ、われわれを乞食させる米軍はもっと恥ずかしい」

▼1955年7月21日、伊江島の真謝区民は前記の言葉を書いた段ボール紙を木の棒に掲げ「乞食行進」を始めた。中心にいたのが阿波根昌鴻さん。2002年に101歳で他界するまで、非暴力による反基地運動に生涯をささげた
▼行進4カ月前の3月11日、米軍は兵士約300人を舟艇で島に上陸させ、3日後には土足で住居に押し入り、ブルドーザーで家屋を破壊し燃やした。人々は周辺で幕舎暮らしを強いられ、住んだ場所は鉄柵が張られ、射爆場という米軍基地へと変わった
▼亡くなられる1年半前、伊江島の阿波根さんを訪ねた。寝台で穏やかな表情でたたずんでいたのが印象に残る。前年12月に普天間代替施設の辺野古移設が決まった時「あの世でも平和運動をしなければ」と周囲に語っていた
▼闘争のさなか米軍の土地収用令について「民主主義の原理に反し、民主主義社会で通用する布令ではありません」と主張していた
▼名護市議選で移設反対候補の当選者が過半数を占めたのをみても阿波根さんの言葉の「布令」を辺野古移設の「日米共同声明」と置き換えると現在の言葉として息を吹き返す。きょう9月15日は国際民主主義デー。阿波根さんの言葉に思いを巡らせ、今の沖縄を見詰めたい。