金口木舌(2010年11月5日)

 歌三線を学ばず、ウチナーグチも解せないのに、沖縄生まれというだけでウチナーンチュを自任していいのか、反省することがある。ウチナーンチュの形骸(けいがい)にすぎないのではないか、と

▼踊り一つ満足にできない。例えばカチャーシー。結婚式の幕引きで周囲に促されて舞台に上がったものの、ぎこちない所作をさらすばかり。そのたびに高齢者の流麗な舞に目を見張りつつ、早々に舞台を下りることになる
▼県立博物館・美術館で開催中の写真展「母たちの神―比嘉康雄展」の作品を前にして同じ思いに駆られる。比嘉さんが撮った祭祀(さいし)で踊る女性たちの美しい手のこなしは、まねできるものではない。沖縄の古層に宿る神の気配すら感じさせる
▼警察官から写真家に転じた比嘉さんは久高島をはじめとする島々を訪ねて祭祀を撮り、ノートをとり続けた。その行脚は記録というよりも神々との伴走と言ったほうがふさわしい
▼沖縄民俗学の第一人者、仲松弥秀さんは代表作「神と村」で、支配と服従の関係が村落社会を覆い、神への祈りが薄れていく沖縄の変容を「神は遠く、遠くへ去って行く!」と嘆じた。比嘉さんの写真眼は去りゆく神の姿を追った
▼10年前に他界した比嘉さんが残した写真群も、神が遠のいていく今日の沖縄を突く。このままでいいのか。メタボ気味のウチナーンチュの形骸は自問自答に迫られる。