<金口木舌>記録から学ぶ

 本来、旧暦の11月15日に当たる1月5日から4日間行われるはずだった神事が今回も開かれなかった。南城市の久高島で12年に1度のうま年に行うイザイホーのことである

 ▼儀式の主役となる神女(ナンチュ)の不足などを理由に神人(カミンチュ)の会議で中止が決まった。戦後は3回行われたが1978年を最後に途絶えた
 ▼先日、66年の模様を収めたドキュメンタリー映画「イザイホウ」を鑑賞した。漁業と農業に生きる暮らしが神事といかに密接に結び付いていたか、島の人々が神事を通しいかに助け合いの生活を構築してきたのかうかがわせ興味深かった
 ▼その年に参加した神女の娘、照屋正江さんが「両親も話さなかった。映画で初めて知ったこともあった」というほど秘密に包まれた祭りでもある。島での上映で神人の「公開したくない」という思いを感じ取った野村岳也監督は映画を封印していた
 ▼フィルムも傷む中、人の目に触れず消えることを危惧し公開に踏み切ったのが2006年だ。監督は形骸化する祭りと比べ、「生きたまま消え去った神事」と表現する
 ▼イザイホーの復活については照屋さんも母親が神人・久高ノロだった安泉正祥さんも懐疑的だ。祭りそのものはなくなっても記録を通じ、伝統的な祭りや暮らしに残る先人の助け合いの精神、知恵を学ぶことは将来を生きる我々の糧にもなる。