<社説>老人施設転落死 虐待起きぬ態勢づくりを


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 川崎市の介護付き老人施設で高齢者3人が相次いで転落死した件で、1人を投げ落として殺した疑いで元職員の男が逮捕された。他の2人殺害も供述しているという。

 警察が全容を解明するのは当然だが、施設側にも原因を徹底究明し公表する社会的責任があろう。
 男は「入所者の言動に腹が立った」「職場でもいろいろあった」と述べている。
 この施設では職員4人が入所者を暴行していたことも発覚した。系列のホームでも虐待が露見し、過去2年で81件の虐待があったと第三者委員会が報告している。職員選びや態勢に問題はなかったか。
 もっとも、人手不足はこの施設に限ったことではない。厚労省によると介護施設職員の平均勤続年数は5・7年と全業種平均12・1年の半分以下だ。繁忙度や待遇が背景にあるのは想像に難くない。
 事実、平均給与は月22万円弱で、全業種平均より10万円以上低い。日本医療労働組合連合会によると、全国143介護施設のうち124施設が2交代制で、過半数が夜勤中1人態勢という過酷ぶりだ。
 政府は2020年代初頭までに介護サービスの受け皿を計50万人分増やす計画だが、介護人材は25万人も不足すると見込まれている。
 もちろん虐待は加害者個人の資質の問題が大きく、圧倒的大多数の職員は高潔な意識で働いていよう。だが仕事上のストレスが虐待につながる可能性は無視できない。高齢者の世話をしたいと高い志を持つ人々に対し、労働に見合うだけの待遇と環境を保障しなければ、慢性的人手不足も解消できない。現場が望む賃金向上策は16年度予算にも盛り込まれなかった。政府の抜本的対策が求められよう。
 他方、警察の初動捜査の甘さも見逃せない。この施設では14年11月に87歳男性が転落死し、同年12月9日に86歳女性、同月31日に96歳女性と続いた。だが臨場したのは別々の検視官で、神奈川県警が同一施設での続発に気付いたのは3人目の死後だった。
 転落したベランダは高さ1メートル20センチの手すりがある。3人は身長が150~160センチだ。踏み台なしで肩の高さを乗り越えるのは中年でも難しい。まして90歳前後の要介護度2~3のお年寄りに可能かと、疑問を持たなかったのか。
 本格捜査していれば2人目以降の死は防げたはずだ。変死の司法解剖率が低い問題もある。犯罪死を見逃さぬ態勢づくりが望まれる。