<社説>制服組権限拡大 原則がなし崩しでいいのか

 これは戦後日本を戦争に巻き込まなかった要因の一つではないか。その検証すらなされずに、原則をたやすく投げ捨てていいのか。

 自衛隊の作戦計画策定に当たり、防衛省内部部局(内局=背広組)が関与する仕組みを事実上なくすよう、制服組が権限の大幅移譲を求めていることが分かった。
 ことは軍隊の在り方に関わる。権限移譲をめぐる論点を国民に広く説明し、国会で徹底して議論すべきだ。なし崩しの原則撤廃は許されない。
 争点となっているのは統合幕僚監部が3年に1回策定する「統合防衛及び警備基本計画」だ。
 策定には(1)基本方針となる大臣指針の決定(2)指針に基づく作戦計画作成(3)大臣承認-の3段階がある。うち(1)と(3)は従来、内局が担ってきたが、制服組はこれらの権限も制服組に譲るよう求めている。
 昨年の防衛省設置法改正で、背広組が制服組より優位な立場で大臣を補佐する「文官統制」は廃止された。このように安倍政権には制服組重用の傾向が顕著だ。制服組がこの際、力関係を逆転したいと考えたのは想像に難くない。
 だが制服組にこれ以上権限を与えていいのか。軍事は機密に覆われがちな分野だ。軍事情報は軍隊がいつも独占し、民間はほとんど保有できない。言い換えれば、軍と民で「非対称的」な分野なのだ。
 専門知識を独占的に持つ軍人が武器を要求すれば、その必要性を非軍人の政治家が批判的に検証するのは難しい。そこで専門知識を持つ文官に補佐してもらい、文民統制を確実にするというのが「文官統制」の仕組みだった。
 これを失った揚げ句、作戦計画まで軍人が独占すれば、軍隊の行動そのものに歯止めがかけられないのではないか。文官統制をこの分野までなくすのなら、軍事面を特定秘密保護法の対象外とし、情報を全面開示して国民の監視下に置かなければならないはずだ。
 第1次大戦後、政治の軍縮政策に反発した軍部は、政治の関与を「統帥権干犯」と主張した。統帥権、すなわち軍の統制権は独り天皇のみにあり、政治の関与はそれを侵すものと非難したのだ。それに萎縮した結果が関東軍の暴走による満州事変、日中戦争の泥沼化である。
 武力を持つ組織は、外部の制御が失われれば暴走しかねない。それは日本が尊い犠牲を払い獲得した、譲れない教訓ではないか。