<社説>「一発アウト」 子と向き合える体制こそ

 生徒の評価や指導はどうあるべきか。広島の中3生徒が進路指導の後に自殺した出来事は、大きな問いを突き付けている。

 問題の学校は「過去に1回でも触法行為があれば高校に推薦しない」という方針を採っていた。過去の一時期だけにあった問題で、生徒の進む道を閉ざそうとするような在り方が、適切だとは到底思えない。
 「過去の記録だけで生徒を切り捨てるのなら、学校はその後の指導を放棄したと言われても仕方ない」「子どもは成長し、変わっていくという視点が根本的に欠けている」と批判されるのも当然だ。
 この学校がそうした方針にしたのは本年度のことである。従来、推薦要件の「問題行動や触法行為がない」期間の対象は中3の時だけだった。だが昨年11月に突然、対象時期を在校時全体に広げた。
 その際「過去に触法行為があってもその後頑張っている生徒は推薦対象にしたい」との反対意見もあった。亡くなった生徒の担任も反対だったとされる。だが最後は校長の判断で「一発アウト」が決まった。今回の自殺を機に元の基準に戻したというから、朝令暮改でもある。迷走する基準で進路を左右される生徒が気の毒だ。
 基準変更のきっかけは、過去に推薦した生徒が高校入学後に問題を起こし、特別推薦枠を取り消されたことだという。推薦枠を確保しておきたいという考えは理解できる。だが、その後の立ち直りを一切顧慮しないというのはやはり短絡的に過ぎよう。
 そもそも推薦における非行歴の取り扱いについて、文部科学省は国として基準は示していないというから、地域や学校によってまちまちになるのは必然だ。これでは不公平と言わざるを得ない。
 生徒に現在進行形の問題があるなら推薦をためらうのは分かるが、過去に過度に固執するのは疑問だ。生徒の現在の姿こそが評価対象であるべきだろう。
 背景には今の学校の萎縮もありそうだ。自分の子が推薦から漏れ、補導歴のある他の子が推薦されたことに怒鳴り込む親もいるという。保護者への対応に神経をとがらすあまり、しゃくし定規になってはいないか。
 やはり基本に戻るべきだ。教員の多忙を緩和し、一人一人の子どもとしっかり向き合う体制をつくる。その中からしか、あるべき指導と評価の仕組みは見つかるまい。



琉球新報