<社説>終戦71年 平和への構想力磨き直そう


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 戦後71年の終戦記念日を迎えた。

 平和憲法の下で戦後を歩んできた日本が、再び戦争に向かいかねない暗雲が濃くなりつつある。
 同盟国と見なす他国の戦争に自衛隊が出動し、その国を守る集団的自衛権の行使を可能にした安全保障関連法が施行されて迎える節目の日となった。
 憲法改正を目指す勢力が衆参両院で3分の2を占める政治状況が覆い被さり、非戦を誓う平和憲法が岐路に立っている。沖縄では、安倍政権による強権的な軍事施策が影を落とし、平和な島の未来像の実現が見通せない状況にある。
 まず、戦争を回避する機会をことごとく逃し、無謀な対米戦争に突き進んだ第2次大戦の負の教訓を見つめ直さねばならない。
 国民よりも国益を優先して守る軍隊の本質と、めまぐるしく変わる国際情勢を冷静に分析し、「平和国家」の真価を発揮する構想力を磨き直すことが欠かせない。
 日本軍が住民を守らなかった沖縄戦を経験し、戦後の基地重圧に苦しみながらも「命どぅ宝」を貫き、平和を希求する沖縄社会の発信はとりわけ重い意味を持つ。
 北朝鮮が日本を威嚇するかのようにミサイル実験を繰り返し、尖閣諸島近海には中国の警備艇や漁船が押し寄せている。国民の不安や敵がい心をあおる閣僚発言が目立つ安倍政権の下で、力には力でという軍事優先の空気が強まっていることを憂慮せざるを得ない。
 中国などの挑発的にも見える行動の真意を読み取り、粘り強い外交対話で解決を目指すべきだ。
 機動隊投入に見られるむき出しの権力を行使し、強固な反対の民意を無視して安倍政権が推し進める辺野古新基地の建設と、先島への自衛隊配備は、軍事に偏重する陣形を築くことになり、いたずらに中国との緊張を高めかねない。
 日米両政府は新基地を「抑止力」に欠かせないと印象操作に走るが、在沖海兵隊の輸送機オスプレイは尖閣の岩山に人も物資も運べない。在沖海兵隊の主力歩兵部隊は米軍再編でグアムに去る。運ぶ兵士がいなくなるのに新基地を造ることは、軍事合理性も欠いた壮大な無駄である。
 具体的な論拠を積み重ねれば、沖縄に基地を押し付ける論理のほころびがくっきりする。それは、武力によらない平和を何とか保ってきた戦後日本の歩みにも合致する普遍性を帯びているのである。