映画「靖国」 民主主義を脅かす言論封殺

 国会議員が映画「靖国YASUKUNI」の主要シーンの削除を主張し、物議を醸している。同映画は国会議員向けの試写会を機に、上映中止が相次いだ。同議員は「出演者の意向」と説明しているが、表現と言論の自由を脅かす行為である。

 映画は「靖国刀」を作り続ける刀鍛冶(かじ)の姿を通して、靖国神社と太平洋戦争をめぐる日本とアジアのさまざまな諸相を描いている。
 監督の李纓(リイン)さんは「靖国神社をめぐる空気や精神的な空間を描くことで、背景にある歴史や意味を問い掛けたかった」と、日本のメディアに語っている。
 国内でも靖国神社は、首相の公式参拝問題などを通して、戦争責任や政教分離、思想・信条の自由など憲法に絡むさまざまな波紋を広げている。
 首相の靖国公式参拝をめぐっては、中国や韓国などアジア諸国は強く反発している。
 愛国心との兼ね合いで靖国が語られることもある。「靖国で会おう」と戦禍に散った若い日本兵たちの遺志を「参拝の論理」とする政治家もいる。
 一方で、戦後、靖国を参拝していた昭和天皇は、A級戦犯が靖国に合祀(ごうし)された時期から参拝をやめている。
 日本人にとっても、靖国は複雑でさまざまな思いが交差する場所となっている。しかし、そこにタブーがあってはならない。
 太平洋戦争で日本はアジアを侵略し、多くの同胞たちを戦禍の犠牲とした。敗戦を機に日本は帝国主義の天皇中心国家から民主主義の国民中心国家に大きく変化した。
 戦後の平和憲法は、戦争と武力を否定し、集会・結社の自由や言論・出版など「表現の自由」(21条)を強化した。表現の自由が民主主義の基本だからだ。
 憲法は、検閲も禁止している。検閲は書籍、新聞、映画、放送などで表現される内容を、公権力が事前に強制的に調べ、不適当と認めたものの発表を禁止する行為だ。
 国会議員ともあろう者が、憲法を知らないはずはない。言論封殺は、戦後民主主義への重大な挑戦である。看過できない。