原爆症認定 「全員救済」の政治決断を

 唯一の原爆投下国が道義的責任を認め、核なき世界へ大きく踏み出したというのに、唯一の被爆国が被爆者救済に二の足を踏む。何ともおかしな話ではないか。
 原爆症の認定を却下された東京都と茨城県の被爆者30人(うち14人死亡)が、国に処分取り消しと損害賠償を求めた東京第一次訴訟の控訴審判決で、東京高裁は新たに9人を原爆症と認定した。

 昨年4月実施の新基準で認定された人を含め、計29人が原爆症と認められたことになる。一連の集団訴訟では原告救済の司法判断が18回連続となった。
 ところが、援護を担う厚生労働省が「全員救済」には懐疑的だという。判決言い渡し後、解決の見通しを問われた江利川毅事務次官は「一括救済は難しいのではないか」と語った。訴訟で18連敗してなお、この見解である。
 厚労省内は敗訴原告について「行政手続きでもクロ、裁判でもクロなのに、国民の税金からお金を支給して救済するのは筋が違う」(担当者)と冷ややかだ。
 「裁判でもクロ」というのは、原爆の放射線が疾病の原因ではないとして請求が棄却された原告一人を指すのだろうが、原告の内訳は爆心地から5キロ以内で直接被爆したか、投下翌日から13日後までに爆心地付近へ入った人だ。
 被爆環境に大きな差異があるとは思えない。社会的常識を逸脱した請求でもあるまい。弁護団が「一人でも救えなければ禍根を残す」と訴えるのは道理であろう。
 厚労省が最も重く受け止めるべきは、稲田龍樹裁判長が「国の判断基準は適格性を欠く」と指摘した点ではないのか。厚労省の対応こそ筋違いであり、再度の基準見直しが先だ。
 被爆から64年。いまだに原爆症を認定するかどうかで争っている現実も嘆かわしい。被爆者健康手帳所持者約25万人のうち、認定者は約2200人と1%にも満たない。
 麻生太郎首相は判決後、河村建夫官房長官や舛添要一厚労相に特に指示を出していないという。原爆症問題にあまり関心がないのだろうか。だとすれば、被爆国のトップとしての資質を疑う。
 原告らは「原爆被害を人間的な目で直視してほしい」と願う。官僚が自ら動かないなら、政治の力で「全員救済」に取り組んでもらいたい。