日米核密約証言 もはや言い逃れはできない

 1960年に日米安全保障条約(安保条約)が改定された際、米艦船や航空機に搭載された核兵器の持ち込みを、日本は黙認するという密約が日米間で交わされていたことが一段と鮮明になった。今回は外務官僚機構トップにいた人たちの証言だけに、政府も言い逃れはできまい。全容を国民に開示し、うそをついてきたことを率直に謝罪すべきだ。

 政府は、核兵器の持ち込みに関する事前協議制度について、日米間の合意は安保条約第6条の実施に関する交換公文と「核持ち込み」を事前協議の対象にするとの藤山・マッカーサー口頭了解以外にないとし、密約を否定。米政府から事前協議の申し入れがない以上、「核兵器の持ち込みはない」と答弁してきた。
 ところが、密約は外務省の歴代事務次官が管理、一部の首相や外相に伝えてきたと4人の次官経験者が証言した。
 密約の存在を裏付ける資料は米国の公文書公開に伴い、2000年ごろから報道されてきた。今回の証言を受け、政府はあらためて密約を否定しているが、事務方のトップを務めた次官の証言は重い。
 現在の日米安保条約は、51年のサンフランシスコ平和条約と同時に締結された安保条約を失効させた上で新たに成立した。
 旧安保条約に基づく米軍の駐留を引き続き認め、実態は改定とみなされ、「60年安保」ともいわれる。密約はその際、「秘密議事録」の形で文書化された。
 事前協議制度を設け、その運用として「現行の手続き」が盛り込まれたとされる。つまりは「旧安保の慣行でよい」との合意である。
 米政府戦略は「核兵器の存在は肯定も否定もしない」態度で一貫している。今後も米側から事前協議の申し入れがあり得ないのは明らかだ。
 日本は世界で唯一の被爆国であり、「核兵器は持たず、作らず、持ち込ませず」の三原則を唱えている。
 沖縄返還前の67年12月、沖縄を含む日本全体への「核兵器持ち込み反対」の世論に押され、当時の佐藤栄作首相が国会で表明、歴代政府もこれを国是として認めてきた。非核三原則の国是に反する密約を認めるわけにはいかない。政府は真相を明らかにし、改めるべきは改めるべきだ。