名護市政交代/民意は「辺野古」ノー 「脱基地」の北部振興元年に

 全国が注目する中、名護市長選挙は24日、投開票され、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する新人の稲嶺進氏が当選した。
 鳩山政権は示された民意をしっかりと受け止め、迷うことなく、間違いのない決断をしてほしい。
 稲嶺氏の当選は、鳩山政権、ほかならぬ鳩山由紀夫首相にとって「厳しい結果」であろう。
 なぜなら、鳩山内閣の安保・防衛担当閣僚らはこれまで「辺野古」移設ありきの対応に終始してきたからだ。
 鳩山首相が普天間移設問題の結論を「5月末まで」先送りしたのも、「辺野古」を選択肢に残していることの証左だ。

「県外」の公約実行を
 選挙前の15日、鳩山首相は今回の名護市長選の結果は移設先の検討に「まったく無縁ではない」と語っている。
 仮に、条件付きながら移設受け入れを表明していた現職の島袋吉和氏が当選していたら、鳩山首相は「辺野古」を選択していた可能性を否定できない。
 決断力と指導力が問われる鳩山首相だ。普天間問題でも2006年の米軍再編合意の早期実施を求める米政府の圧力に迷い、悩み、決断を遅らせてきた経緯がある。
 だが、名護市長選の結果が示した民意は「辺野古ノー」の明確な意思だ。「よもや」ということはなかろうが、示された民意を重く受け止め、早急に「県外」の意思をしっかりと表明をすべきだ。
 名護市民にとって普天間移設問題で「民意」を問われるのは、今回で4度目だ。過去3度は結果として「辺野古移設容認」の候補者が当選してきた。
 市長選を基地より市民生活の選択の場と市民は受け止めてきた。
 移設問題で名護市民は1997年に実施された移設の是非を問う名護市住民投票で、すでに「辺野古」移設に明確に「ノー」の意思を表明した。
 ところが、当時の市長は住民投票が示した民意を無視し、「移設受け入れ」を政府に表明し辞任する反民主的行為に出た。
 背景には、米軍基地建設の受け入れと地域振興策をリンクさせ、市政を揺さぶる自公政権の「アメとムチ」の利益誘導型政治、貧困な安保政策と地域政策があった。
 自公政権下で名護市など県内の米軍基地を抱える「基地所在市町村」は、基地のない市町村とは別格扱いされ、北部振興策など総額2千億円を超す基地振興予算が投下されてきた。
 だが、基地受け入れとリンクする地域振興策は、地域の自立につながる自主財源の増加や失業率の減少、財政負担の軽減というポジティブな結果には、必ずしもつながっていない。
 地域によっては、むしろ失業増や公債残高の増加といったネガティブな結果さえ招いてきた。
 厳しい選挙戦に勝利し、新たに名護市長に就任する稲嶺氏には、むしろこれからが本当の戦いが始まる。

問われる知事の姿勢
 沖縄本島北部の拠点となる名護市だ。その発展は、北部全域の発展の鍵も握る。
 基地に依存しない真の地域振興策をいかに構築し、必要な財源をどう確保するか。
 言うは易く行うは難しの脱基地経済だが、稲嶺氏が市長選で掲げた「市町村の自由裁量、市民本位の事業」「透明な市政運営」「うそのない政治」は、その端緒となろう。
 新市長には、自公政権下で基地受け入れを条件に投入されてきた北部振興策など基地振興策の費用対効果を十分に検証し、真の豊かさを実現できる効果的な振興策を市民とともに構築してほしい。
 移設問題が浮上して13年。名護市民は新基地受け入れと基地とリンクする地域振興策の可否をめぐり、地域や家族すらも分断され、論争を強いられてきた。
 今回の市長選で、市民はその苦悩の13年に終止符を打てる。
 くしくも日米安保改定50年の節目の年に県内トップを切る首長選で、米軍新基地建設に反対し、基地とリンクしない振興策を求める新市長が当選した。
 この後に続く県内首長選、秋の天王山となる知事選挙への影響は計り知れない。
 辺野古移設を容認する島袋氏を支持し、応援した仲井真弘多知事は、示された民意を誠実に受け止め、自らも主張する「県外・国外」というベストな選択に挑んでほしい。