’10回顧・基地問題 虚飾に満ちた“負担軽減”

 2010年は、沖縄の近現代史に刻まれる年になる。米軍普天間飛行場の返還・移設問題で、県内移設を拒む民意がかつてなく高まり、後戻りすることはあるまい。
 11月の県知事選で再選された仲井真弘多知事は名護市辺野古への移設をめぐり、容認から「県外移設要求」に舵(かじ)を切った。当選後、閣僚との会談や全国知事会で県外移設要求を強めている。民意を背にした劇的かつ当然の政策転換である。

 1月の名護市長選で、移設に反対する稲嶺進氏が初当選し、2月には県議会が県外・国外を求める意見書を全会一致で可決した。4月25日の県民大会で、知事は県内移設に関し「差別に近い印象を受ける」と言明した。
 あくまで沖縄に基地を押し付ける「構造的差別」は、すっかり基地問題のキーワードになった。
 米軍人・軍属による犯罪は後を絶たない。ひき逃げや強盗、強制わいせつ致傷など、人命に関わる凶悪事案が多発した。
 3月には在沖米海軍の女性3等兵曹が酒を飲んで軍用車両を持ち出し、親子3人にけがを負わせるひき逃げ事件を起こした。だが、憲兵隊による車両窃盗容疑の捜査優先などにより、起訴まで5カ月かかった。日米地位協定の弊害は改められる気配さえない。
 基地周辺住民を悩ませる軍用機の爆音も悪化している。普天間爆音訴訟控訴審判決は、低周波騒音の心身被害との因果関係を初めて認めて、あえて「世界一危険な基地」と言及した。嘉手納基地には、外来機が押し寄せ、耐え難い爆音を響かせている。
 基地重圧に変化が見えない中、基地のない市町村もついに動きだした。豊見城市など5市町村長は連絡協議会を結成し、米軍機による騒音被害の軽減を求めて政府に要請した。普天間飛来機の爆音への苦情が急増した那覇市は初めて米軍などへの抗議に踏み切った。
 嘉手納中学校とPTAが日米共同統合演習の爆音の授業妨害に業を煮やし、町議会に陳情する初の動きもあった。
 基地重圧を放置し、県内で積み増すことへの県民の受忍限度は今年、著しく低くなった。辺野古移設に回帰した民主党政権が繰り出す「負担軽減」の言葉が宿す虚飾を沖縄社会は鋭く見抜いている。
 日米政府は重く受け止めて対応を取らない限り、沖縄は日米安保を射抜くとげであり続ける。