沖縄密約公開/戦略なき外交を露呈 「抑止力」の呪縛と決別を

 全てお金が絡んでいた。公開された沖縄返還に関する外交文書から見えてきた事実だ。
 返還に伴う日本の財政負担について、算出根拠を欠いたまま一括決着するランプ・サム方式で6億5千万ドル(当時のレートで約2340億円)を米国が要求していたことが明らかになった。

 根拠のない見積もりについて当時の佐藤栄作首相が「是非このような具合にかねを出すよう」前向きな姿勢を示していた。
 国民に全容を説明できないような支出を、なぜ一国の首相が認めたのか。国民への背信行為だ。

◆脅しに弱い日本
 結局、日米関係に重大な支障が出ると米国から脅され、財政密約を結んで不明朗な支出をしてしまった。当時の財政負担をめぐる交渉は今日まで続く「思いやり予算」の源流と言える。
 米国が示した「言い値」は最終的に返還協定に記された「3億2千万ドル」を大幅に上回る。現在まで実際に日本がいくら負担したのか明らかになっていない。
 別の外交文書は、在沖米軍基地をそっくりグアムに移すことは理論的に可能だと記している。移転費用は30億から40億ドルと具体的で、駐日米大使を務めたライシャワー氏の発言だけに説得力がある。
 しかし冷静に考えると、この発言は米国が対日外交によく使う脅しの手法ではないか。ライシャワー発言のあった1967年、沖縄返還をめぐる日米交渉が始まった。当時日本は、返還後の沖縄基地の自由使用や核の持ち込みについて「白紙」の立場を貫いていた。
 ライシャワー氏はグアム移転をちらつかせば日本が驚いて、沖縄に基地を置き続け、基地の自由使用を含む一層の防衛協力に動くとにらんだのだろう。
 効果てきめんだった。この発言から4カ月後、外務省北米局長が作成した極秘文書に、日本は基地の全面返還という立場をとらないことが示されている。さらに短距離ミサイルや戦術空軍用の核弾頭の貯蔵、基地の自由使用について検討を加えている。
 外交の裏面を伝える文書は政治の無策も伝えている。
 外務省幹部による外務大臣ブリーフィング(68年8月)で外相が「(返還)交渉は方針をことさら立てることなく、しかも『世論は充分頭に入れている』との姿勢で」行うと発言した内容が記録されている。
 対米外交戦略や方針を立てないでどうして交渉ができるのだろうか。理解に苦しむ。こうした政治の無策が結局、官僚主導で米国追従の政策決定につながっていく。
 対する米側は、沖縄返還に向けた戦略文書(69年7月)を作成して沖縄返還交渉に臨んだ。沖縄から核兵器の撤去を決めていたが、交渉のカードとして日本側に最終段階まで明かさず、核貯蔵の重要性を強調して日本から多くの譲歩を引き出す作戦だ。その結果、有事の際の「核再持ち込み」の密約で合意した。

◆攻撃に弱い米軍基地
 在沖米軍基地は外部からの攻撃に弱い。外交文書は、主要道路の2、3カ所を抑えられただけで基地機能は著しく損なわれると明記している。攻撃に弱いと知られてしまえば、相手に対する抑止力にならないはずだ。
 それにもかかわらず外務官僚は「信頼しうる抑止力」として沖縄の米軍基地機能を重視し、返還後も米軍による基地の自由使用を認めるよう佐藤首相に進言した。理屈に合わず矛盾している。
 あれから40年以上たっても官僚の思考は変わっていないようだ。鳩山由紀夫前首相は先日、本紙などとのインタビューで次のように語っている。
 「防衛省も外務省も沖縄の米軍基地に対する存在の当然視があり、数十年の彼らの発想の中で、かなり凝り固まっている」
 鳩山氏は官僚の壁を崩せなかった非力を率直に語った。同時に米軍普天間飛行場の県外移設断念の理由とした在沖米海兵隊の「抑止力」は、辺野古しか残らなかったときの後付けの理屈として使った「方便」と説明した。
 日本の政治外交の無策の結果、沖縄は施政権返還後も過重な基地負担を背負わされ続けている。
 公開された外交文書は、米軍普天間飛行場移設をめぐり、根拠のない「抑止力」の呪縛(じゅばく)から抜け出せない現在の民主党政権と重なる。直ちに呪縛と決別すべきだ。