飲酒の公務扱い 不法行為の擁護はやめよ

 飲酒も「公務」とする日米合同委員会合意の見直しを外務省が求めたが、米側は難色を示している。
 「公の行事」で飲酒した帰り道なら飲酒運転も「公務」となり、「公務」なら第一次裁判権が米側にあるから、基地の外で発生する事故も日本の法律では裁けない。

 いったいどんな理屈なら、こんな事態を正当化できるのだろう。被害者が他国の人であれば米国民の不当・不法な行為も擁護する。そう宣言するようなものだ。他国を植民地扱いする国、差別を温存・助長する国だと言われたくないなら、米政府は今すぐ見直しに応じるべきだ。
 松本剛明外相は「結果を求めてさらに努力したい」と述べている。今はその言葉を信じたいが、政治は過程でなく結果だということもまた、肝に銘じてほしい。
 それにしても「公務」をめぐる日本側の対応は不可解だ。法務省は1月に発生した米兵による死亡事故について、12日の答弁書で「3月4日に米軍から公務証明書を受理した」と述べているが、公務証明書の過去の発行件数は「把握していない」と回答した。
 受理はするが保管はしていない、ということになる。事実なら、官僚にあるまじきずさんさだ。実際は件数を公表したくないのだろう。膨大な件数に上り、とても全てが「公務」とは思えないのか。あるいは、証明書が発行されてないのに「公務」とみなして不起訴にした例が露見するのを恐れたか。いずれにせよ国民の目を覆う行為というほかない。
 法務省は「公務証明書が出ようが出まいが、公務か否かについては過不足なく捜査する」と述べているが、どんな「捜査」をしたのか、公表したためしがない。基地内に立ち入りもせず、どのように「過不足なく」捜査できるのか。
 1953年の日米合同委の非公開議事録では、公務外の事件・事故も「日本側が特に重要と考える事件以外は裁判権を基本的に放棄する」と定めている。裁判権放棄の密約だ。
 この密約に沿って、本来起訴すべきものも次から次へと不起訴にしてきたのが実態ではないか。
 米軍事件の闇は計り知れない。飲酒運転の公務扱いはそのほんの一端だ。公務であろうがなかろうが、日本側で捜査し、日本の法で裁く。そんな、主権国家なら当然のことを実現するよう、日米地位協定は抜本的に見直すべきだ。