辺野古推進確認 無理無策を繰り返すな

 日米両政府は、米軍普天間飛行場の返還・移設問題で、沖縄の民意はお構いなしという姿勢を貫くことを宣言したようだ。
 来月下旬予定の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、名護市辺野古に移設する現行の日米合意を推進する姿勢を確認した。
 仲井真弘多知事、稲嶺進名護市長が反対し、米上院軍事委員会の重鎮からも「実現不可能」とされた辺野古移設の断念圧力は高まり続けている。

 1996年の合意以来、移設先を県内に求め続けたことにより、普天間飛行場の返還は一向に進まなかった。「県内移設拒否」の民意はかつてなく強まっている。
 この15年が残した教訓は、民意を押し切る県内移設が実現可能性ゼロの無理、無策以外の何者でもないという点だろう。
 早期返還という解決に道筋を付けるには、国外・県外移設への大胆な政策転換しかない。普天間固定化の脅しめいた圧力をかけることはさらに問題をこじらせる。2プラス2を仕切り直しの契機としなければ、日米の「失敗」は続く。
 来日して、外務、防衛の両省幹部と辺野古移設を確認したのはキャンベル米国務次官補である。
 1995年の少女乱暴事件の後、県民の激しい怒りが日米安保体制の根幹を揺るがした際、キャンベル氏は普天間返還を決めたSACO(日米特別行動委員会)の最終報告策定に関わった。
 誰もが驚いた返還合意は、沖縄の民意を重く見た決断だった。
 その半面、キャンベル氏は、日米安保共同宣言や有事関連法制定などを通し、日米の危険な軍事一体化の新段階を刻んだ「解釈改安保」の先頭に立つ役回りを担った。
 沖縄に向き合う「SACO第一世代」とも言われたキャンベル氏は2004年に来沖した際、「県外に移す選択肢を考える時期だ」と明言していた。
 県民感情への配慮を欠くと基地問題は進展しないという姿勢を示し、くもりのない目で普天間問題のあるべき姿を捉えていたように映った。
 しかし、オバマ政権の対日政策を担う立場に返り咲いた後、沖縄に基地を押し付けることで安全保障に絡む米国益の維持を最優先する姿勢が際立つようになった。
 対米従属と圧力一辺倒の対日政策が表裏をなす中、「県内移設」の呪縛(じゅばく)にとらわれる官僚が主導する日米安保の将来は危うい。