日米共同声明1年 「県外」で仕切り直しを

 外務、防衛担当閣僚による「日米安全保障協議委員会」(2プラス2)が米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を再確認する共同声明を発表してから28日でちょうど1年を迎えた。国土の0・6%にすぎない沖縄に全国の米軍専用施設面積の74%を押し付け続ける政府の姿勢は理不尽極まりない。

 大多数の県民が望むのは普天間飛行場の県外・国外移設、もしくは無条件返還だ。県内移設が不可能であることは疑いない。政府は沖縄の民意を踏まえ、「県外・国外」を目指して米国と再交渉すべきだ。
 この際、指摘しておかなければならないのは、米軍基地が問答無用で沖縄に建設されたという事実だ。伊佐浜や伊江島では、抵抗する住民が銃剣とブルドーザー(重機)によって排除された。
 1955年当時、社大党所属の立法院議員だった西銘順治氏(後の知事)も、伊佐浜の強制接収を目の当たりにし「あさましい限りの強奪ぶりだ。アメリカは民主主義も自由も口にする資格はない」と日記に書き残している。
 そもそも太平洋戦争で本土防衛の捨て石とされ、米軍に占領されていなければ、広大な基地が造られることはなかった。岐阜、山梨から海兵隊師団が移ってきたのも、沖縄が米軍施政下にあり、強権を行使できる島だったからだ。
 海兵隊の「抑止力」が基地固定化の方便にすぎないことは、ことし1、2月に琉球新報、共同通信などのインタビューに応じた鳩山由紀夫前首相の証言からも明らかだ。
 基地問題が改善しないのは面倒な対米交渉を嫌がる怠惰な外務・防衛官僚と、官僚に操られる不勉強な閣僚のせいだ。江戸時代屈指の名君と呼ばれる米沢藩主・上杉鷹山は「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」という歌を家臣に示した。気概を持ち、理を尽くせば米国を説得できるはずだ。
 日米共同声明は本来、日本語と英語で正文を作成すべきだが、昨年の合意は日本語の正文が存在しない。英語の正文は滑走路を複数にする可能性も明示しているが、日本語の仮訳は単に「滑走路」と記しただけで、国民に誤った印象を与えている。
 協議が米国主導で進められた証左と言えよう。閣僚や外交官の軟弱ぶりが透けて見える。菅直人首相に望むのは、原点に返って「県外・国外」を実現することだ。