菅首相あいさつ 言葉は躍るがその心は

 山積する問題への深入りは避け、この先の沖縄振興についてはある程度の決意を示す。非の打ちどころがないあいさつであった。首相を取り巻く官僚群にとっては。
 しかし、県民は見抜いている。沖縄全戦没者追悼式の菅直人首相の言葉は明らかに力がなかった。
 菅首相は、沖縄戦における多くの尊い命の犠牲について「胸ふさがれる思い」と述べ、東日本大震災、原発事故がもたらした未曽有の困難と「慰霊の日」とを重ね「特別の感慨」を覚えたという。

 「いつの時代も、人間の尊厳と生命を守ることこそ政治の任務であることを心に刻んでいる」とも述べる。一部分を見れば心に染み入る言葉だが、思いや理想を具体化する手だては何一つ見当たらない。「空虚」。それが本質だ。
 「二度と悲惨な戦争を経験してはならないことは言うまでもない」としたが、与那国島への自衛隊配備や、災害支援拠点の美名の下で新たな軍事拠点創設を企図していることを県民は知っている。
 「沖縄だけ負担軽減が遅れていることは、慚愧(ざんき)に堪えない」。本心なら、県民の苦渋、悲しみに思いを致す最大級の表現だ。しかし、県民は額面通りには評価しまい。
 民意を無視して米政府と普天間飛行場の名護市辺野古移設を再確認する。垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの沖縄配備についても反対の声を無視し強行の構え。「民主党よお前もか」。これが多くの県民の受け止め方だろう。
 菅首相は、民主党代表代行だった2007年9月「教科書検定意見撤回を求める県民大会」に参加し県民要求に沿った国会決議の実現に積極姿勢を示していた。
 県民は「集団自決」への日本軍関与を曖昧にする教科書検定を疑問視し改善を求めている。だが、民主党政権は教科書検定問題で自公政権時代の方針を踏襲。菅首相は今回言及すらしなかった。言葉躍るも心は通わず―では嘆かわしい。
 退陣の条件に再生エネルギー特措法の成立を求める粘り腰に、脱原発の世論に敏感な「市民派政治家」の片りんが垣間見える。沖縄はその粘り、情熱の適用外なのか。
 菅首相はこのままでは不都合なことを忘却し、官僚を使いこなす胆力も政策実行力もなく退陣した首相として歴史に刻まれるだろう。政治生命を懸けた一仕事を期待するのは、もはや手遅れか。