終戦66年 今も続く米軍の占領/再び沖縄を戦場にするな

 1945年8月15日の終戦の日から66年が経過した。非道な軍国主義路線を突き進んだ結果、先の大戦でおびただしい数の命が奪われた。戦争がもたらすものは死であり、真の意味で勝者も敗者もない。
 沖縄は、太平洋戦争で本土防衛の時間稼ぎに利用され、国内で唯一、相当数の県民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられた。日米合わせて20万人余が犠牲になっている。

 戦後は地主の意思に反し広大な土地が接収され、次々と米軍基地が建設された。今も県土の1割余、人口が集中する沖縄本島の18・4%が米軍施設・区域だ。米軍による「占領状態」が続く限り沖縄の戦後は終わらない。

首脳の危険な言動
 終戦記念日を前に枝野幸男官房長官の口から驚くべき言葉が飛び出した。10日の参院沖縄北方特別委員会で「(尖閣諸島に)他国が侵略してきたら、あらゆる犠牲を払ってでも自衛権を行使し、これを排除する」と述べたのである。漁船衝突事件などを起こした中国が念頭にあるのは間違いない。
 憲法9条は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定めている。
 武力行使をほのめかす発言自体、憲法の理念に抵触する。平和主義をないがしろにする人物が官房長官の任にあるのは大きな問題だ。攻めてきたら戦うと言わんばかりの態度は人命軽視にほかならない。戦火を交えれば必ず住民が犠牲になる。枝野長官は沖縄を再び戦場にしてもいいと考えているのか。沖縄戦の歴史を学んでいれば「あらゆる犠牲を払ってでも」とは口が裂けても言えないはずだ。
 政府に求められるのは、紛争など起き得ない友好な関係を隣国との間に築くことだ。
 尖閣諸島が石垣市に属する日本の領土であることは疑いようがない。中国、台湾が領有権を主張し始めたのは約40年前。尖閣諸島の周辺海域で石油などの埋蔵資源が有望―という調査結果が明らかになってからであり、論拠に乏しい。
 中国が、自国の領土だと強弁するのは国際社会から不信を買うだけだ。国際法にのっとり粛々と外交努力を重ね、理不尽な要求は何の得にもならないと中国に理解させなければならない。
 中国側の動きが目に余るからといって、政府首脳が唐突に自衛隊出動の可能性に言及しては対話の道を閉ざしてしまう。戦闘を示唆する官房長官の言動を菅直人首相が黙認しているのは理解し難い。
 「死に体」といってもまだ一国の総理だ。自身が任命した閣僚の不穏当な振る舞いを許してはならない。他国との無用なあつれきを招かないように、厳しく注意すべきだ。

「核廃絶」こそ急務
 終戦から66年を経ても沖縄にはなお多くの爪痕が残る。その象徴が米軍基地だ。県の面積は国土の0・6%。その中に全国の米軍専用施設の74%(面積)が集中している。米軍人・軍属による凶悪事件、米軍機の墜落といった重大事故は後を絶たない。住宅地上空を飛び交う軍用機の騒音は我慢の限度を超えている。
 県民の大多数が県外・国外に移すよう望んでいる普天間飛行場の面積は約480ヘクタール。在沖米軍施設・区域の総面積2万3293ヘクタールのうち約2%にすぎない。沖縄以外の99・4%の地域に受け入れる場所がないと政府が言い張るのは最初から移す意思がないからだ。米軍は日米地位協定によって特権を与えられており、「占領状態」は変わらない。
 不発弾の問題も深刻だ。今も2200トンが未処理のまま地中に埋まっているとみられる。早期の撤去が望まれる。戦禍に倒れ原野に眠る遺骨もまだ多い。徹底した収集が不可欠だ。
 3月11日の福島第1原発事故は「核」の脅威を見せつけた。原子力は「平和利用」が目的であっても、原爆と同様、人の命を脅かす。9日の平和祈念式典で、被爆国の国民がなぜ再び放射線の恐怖におびえることになったのか―と訴えた田上富久長崎市長の言葉は限りなく重い。これまでにも増して核廃絶への取り組みを世界の核保有国に強く訴える必要がある。
 私たちは戦争の惨禍を決して忘れてはならない。終戦記念日を前に、不戦の決意を新たにしたい。



琉球新報