原発・首相演説案 依存引き下げはまやかしか

 野田佳彦首相が、22日に国連本部で開かれる「原発の安全性と核の安全保障に関するハイレベル会合」で、「原子力エネルギーの確保は引き続き必要」と演説する予定であることが分かった。
 首相は13日の所信表明で「中長期的には、原発への依存度を可能な限り引き下げていく、という方向性を目指すべきだ」と強調したばかりだ。舌の根の乾かぬうちに原子力エネルギーは必要と説くのは全く理解できない。「二枚舌」そのものだ。

 各種世論調査は、国民の間で「脱原発依存」の声が広がりつつあることを示している。所信表明は国民をなだめすかすためのまやかしだったのか。演説案によると「原発の安全性を最高水準に高める」とも述べるようだが、福島第1原発事故の発生を許し、大量の放射性物質の漏出になすすべがなかったのが日本の現実だ。
 実効性のある具体策を示さないまま、これからは原発を安全なものにする―と言われても、素直に信じる人は少ないだろう。
 起こり得るあらゆる事象に安全に対処する方法があるとも思えない。いまだに収束の見通しが立たない福島第1原発事故が全てを物語っている。論より証拠だ。
 菅直人前首相は共同通信のインタビューに対し「核(廃棄物)は無毒化できず封じ込めるしかないが、完成した技術とは思えない。事故のリスクを取れないならば、原発に依存しないやり方しかない」と断言した。
 野田首相に求めたいのは、前首相が打ち出した「脱原発」路線の継承だ。福島の事故を受け、ドイツやイタリアでは脱原発の方向に転じた。彼らの目からは、これほどの事故を経験しながら原発に固執する日本が奇異に映るだろう。
 原発で重大事故が起きたときの被害は桁外れに大きい。運転している限り高いリスクは消えない。死の灰を含んだ使用済み燃料も増え続ける。子々孫々に致命的な負の遺産を残してしまう。
 首相は国民の声より、経済産業省を中心とする「原子力村」の既得権益や財界の利害を優先するのか。国民の安全を第一に考えて行動すべきだ。
 幸い、国連会合での演説はまだこれからだ。内容を全面的に書き換え、「原子力エネルギーへの依存度を引き下げて最終的に原発のない国を目指す」と宣言してほしい。それが日本の首相の使命だ。