10・10空襲 残忍な爆撃風化させまい

 米軍による無差別爆撃で民間人を含む668人が亡くなり、那覇の9割が焼失した10・10空襲から67年になる。悲惨な沖縄戦への序章となる空襲は県内各地、奄美まで及んだ。那覇は早朝から5次にわたり焼夷(しょうい)弾や爆弾を落とされ、2日間燃え続けた。地上戦の激しさ、むごさとともに、次世代に語り継がねばならない戦争の記憶だ。

 いま全国で空襲で被災した人たちが国の謝罪と訴訟を求め、声を上げている。旧軍人・軍属には恩給や年金が支給されたが、民間人は国から何の補償もなかったからだ。訴訟とともに立法で民間への補償を求める動きも広がっている。
 沖縄でも「沖縄・民間戦争被害者の会」が結成され、10・10空襲を含め沖縄戦で被災した人たちが原告となって提訴する。一般住民戦死者を9万4千人とすると、援護法が適用された5万5千人を除く、約4万人が対象となる。
 国が始めた戦争によって沖縄で地上戦が繰り広げられた。住民は軍民混在の戦場で戦闘に巻き込まれ、命を奪われ、被災した。にもかかわらず、民間人に何の補償もないのは、不平等というほかない。
 現代の戦争では戦略爆撃に象徴されるように軍と民間が無差別の攻撃対象となる例が強い。そもそも戦略爆撃の発想は政治経済の中枢機能だけでなく、市民さえ標的にし、戦意喪失を狙うのが常だ。
 大戦当時、戦場や前線に対し一般社会は「銃後」と表現されたが、戦略爆撃による空襲は銃後も戦場に変えた。軍民お構いなく空爆対象とみなし、軍民混在の戦場で戦闘を展開すれば民間人の犠牲が増えるのは理の当然だ。沖縄戦がまさにそうだった。だから、国がその責めを負うのも当然である。
 2008年に判決が出た東京大空襲訴訟で国は「戦争被害として国民が等しく受忍しなけらばならない損害」との受忍論を主張した。原告が敗訴し控訴中だ。国は受忍論の主張を続けるにしても、訴訟や立法化の過程で民間被災者へのおざなりの対応は許されない。
 尖閣防衛に関し「あらゆる犠牲を払ってでも自衛権を行使しこれを排除する」とした政府首脳がいたが、県民感情に配慮を欠く無神経な言動は慎むべきだ。
 史実を掘り起こし次世代に伝える作業は道半ばだ。10・10空襲の残忍性や凄惨(せいさん)な被害の事実も決して風化させてはならない。