爆音訴訟上告棄却 司法による救済の放棄だ

 人権無視が続く実態から、いつまで目を背けるのか。最高裁判所は司法の役割を放棄しているとしか思えない。
 米軍普天間飛行場の周辺住民らが国を相手に夜間早朝の飛行差し止めを求めていた普天間爆音訴訟で、最高裁第3小法廷は住民らの上告を棄却した。

 住民らの請求について「事実誤認または単なる法令違反を主張するもの」として、上告理由を記した民事訴訟法312条の「判決に憲法解釈の誤りがある」「憲法違反がある」には当たらないとした。
 2010年7月、同訴訟の控訴審判決では、米軍機が発生させる爆音の違法性を認定した。
 しかし、飛行差し止めについては、これまでの司法判断を踏襲し、国の支配の及ばない第三者(米軍)の行為であり、国は米軍による普天間飛行場の活動を制限できないとした。これを不服として、住民が上告していた。
 米軍機飛行によって生じる爆音を違法と認定しながら、その根源である飛行の差し止めを命じないという姿勢は矛盾している。原因除去を求めることができないのは、不条理だとしか言いようがない。
 独立国家にもかかわらず、管理権さえなく、主権が及ばない状況は憲法上の重大な問題ではないか。
 安全保障に直接影響することは政府の裁量であり、裁判所は口出しできないという結論は、司法の限界を自ら示している。
 国は国民の権利と生活を守る責務がある。住民の人権を保障するためには違法行為の除去しかない。「人権の最後の砦(とりで)」として、それを命じるのが司法の責務のはずだ。控訴審判決では、1996年に日米合同委員会で合意された騒音防止協定による夜間早朝の飛行禁止や、住宅地上空を回避した場周経路の設定についても形骸化を指摘している。
 国は騒音被害に対する抜本的な対策を講じなければならないはずだが、違法判断が出ても、米軍機騒音で住民の生活と健康、人権が脅かされ続けている現状を黙認している。
 普天間飛行場は住宅街のど真ん中に位置し、そもそも飛行場としての安全性を有しない欠陥基地である。住民らは人間らしく、安全で平穏な生活をするための当然の権利を求めているだけだ。そのためには欠陥基地の即時閉鎖と撤去しかないはずだ。