「暴言」の本質 沖縄蔑視の構造化を危惧

 米軍普天間飛行場移設計画の環境アセスメント手続きを女性暴行に例えて説明した田中聡前沖縄防衛局長の暴言は、著しく品位と人権感覚の欠如した重大事件として歴史に刻まれるだろう。
 高級官僚の暴言としては、県民には1994年9月9日の宝珠山昇防衛施設庁長官が県民に対し「基地との共生、共存」を求めた発言が印象に残る。

 政権与党の社会党が日米安保反対から容認へ路線転換したことを踏まえた宝珠山発言は当時「官僚の傲慢(ごうまん)な発言」と受け止められた。県民を侮るような物言いという点で二つの暴言は通底する。
 しかし、より悪質なのは今回の暴言だ。女性や県民を陵辱の対象と見なすかのような認識。軍隊が住民を守らなかった沖縄戦の教訓には目もくれずに、400年前の薩摩侵攻を琉球に軍がいなかったから攻められたとし「基地のない、平和な島はあり得ない」と断じた。
 暴言の本質的問題は、沖縄蔑視と偏った歴史観だ。それが防衛官僚の本音、官僚組織の体質として構造化していないか危惧する。
 「口が汚れる」。暴言へのコメントを一時拒んだ仲井真弘多知事の姿に県民の悲しみや怒り、疑念などさまざまな思いが凝縮している。
 常軌を逸した今回の暴言について、本紙は防衛局側へ通告の上、通常は伏せるオフレコ情報の報道に踏み切った。編集局長名で「政府幹部による人権感覚を著しく欠く発言であり、非公式の懇談会といえども許されていいはずがない。公共性・公益性に照らして県民や読者に知らせるべきだと判断」したことをコメントとして発表した。
 日本新聞協会が96年2月にまとめたオフレコ取材の見解に基づけば、メディアにはオフレコを守る信義則と国民の「知る権利」の両方に応える道義的責任がある。
 本紙は今回の暴言報道に、高い公共性、公益性を見いだした。沖縄への差別意識を赤裸々に表した暴言は極めて重大なニュースであり、悪質性において過去の問題発言、舌禍事件とは比較にならない歴史的な暴言と捉えた。
 党派を超え政府不信が渦巻く中、普天間移設計画に伴う環境影響評価書が県に提出されれば、在沖米軍基地は間違いなく県民の激しい敵意に取り囲まれる。実現不可能な日米合意を撤回し、県外・国外移設へ舵(かじ)を切るのが賢明な選択だ。



琉球新報