評価書全文 アセスの名に値しない 非科学的記述の連続だ

 科学を装いながら、およそこれほど非科学的な政府文書を目にしたことがない。米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けた防衛省の環境影響評価(アセスメント)の評価書のことである。
 まず建設するという結論が先にあり、その結論に合わせ、都合の良い記述を並べる。日本のアセスは「アワス(合わす)メント」とやゆされて久しいが、これほどその形容がふさわしい例も珍しい。

 はぐらかし、すり替えを繰り返し、環境への影響をひた隠しにする文書はアセスの名に値しない。

■近代以前
 「はぐらかし」の最たる例はオスプレイ配備の件だろう。県はたびたび、代替施設にオスプレイを配備するのではないかと問い合わせてきたが、政府は「米側に照会したが、何ら具体的な予定はない」と繰り返していた。
 だが1996年の段階で米側は配備を通告し、同年の日米特別行動委最終報告の草案にも明記していた。だが防衛庁(当時)の高見沢将林氏がその文言の削除を米側に要請した。過去15年、日本政府は隠蔽(いんぺい)してきたのだ。
 アセスが始まってからも、方法書、準備書と、政府は隠蔽を続けた。住民意見の提出は準備書段階が最後になる。オスプレイについて住民は永久に意見を述べる機会を失ったのだ。
 これで民主主義国と言えるのか。近代以前の権力者の、「よらしむべし、知らしむべからず」の態度そのままではないか。
 一時しのぎの例は他にも枚挙にいとまがない。飛行経路も、集落に接近しないと見せ掛けるため、政府は台形に飛ぶと説明してきた。「飛行機が台形に飛べるはずがない」という米側の指摘も隠し続け、この評価書でようやく楕円(だえん)形に飛ぶと明らかにした。
 ジュゴンへの悪影響を避けるためとして評価書は「海面への照射を避ける」「経路や速度で配慮を求める」マニュアルを米軍に示すとも述べている。
 だが日米地位協定は、米軍による基地の排他的管理権を規定する。基地の使い方は米軍が決め、改めさせる権限は日本側にはないのだ。
 どんなマニュアルを作ったところで、地位協定を改定しない限り、米軍に守る義務はない。これで悪影響を回避できないのは、防衛省自身が知っているはずだ。
 評価書にはすり替えの例も多い。ウミガメは辺野古で上陸跡、産卵跡が多数見つかっているにもかかわらず、対岸の安部・嘉陽にも跡が多いことを根拠に「飛行場予定域はウミガメ類の主要な上陸箇所ではない」と記す。

■噴飯物
 ジュゴンも、辺野古沖(大浦湾西側)で食跡が見つかったにもかかわらず、嘉陽沖に食跡が多いという理屈で「辺野古利用可能性は小さい」と記す。嘉陽に多いことを、辺野古の環境の価値が小さいかのようにすり替えている。非科学的記述というほかない。
 あきれるのは工事用船舶に関する記述だ。ジュゴンやウミガメとの衝突を避けるため「見張りを励行する」とある。船首に見張りを立てるから、ウミガメとぶつからないと言っているのだ。噴飯物とはこのことだ。こんなことを大まじめに書いて、防衛省は恥ずかしくないのだろうか。
 本来、環境影響評価は定量的に記すべきである。つまり、代替施設建設でジュゴンの生息可能性やウミガメの上陸の可能性が何%減るのか、記述すべきなのだ。
 だが今回の評価書は「生息環境の変化はほとんどない」「影響は小さい」といった主観的表現を多用する。定量的に記述できるほどの科学的根拠がないからだろう。
 この国の環境行政は機能しているのか。合理的に検討すれば、事業の取りやめ、「ゼロ・オプション」こそが妥当としか思えない。
 政府が合理的でないなら、県がその立場に立つべきだろう。評価書の非科学性を徹底して指摘してほしい。