嘉手納暫定移設 断固反対の深層に目向けよ

 米軍普天間飛行場の暫定移設先として、嘉手納基地やキャンプ・ハンセンを挙げた民主党の石井一参院予算委員長が来県し、嘉手納基地周辺自治体の首長らに理解を求めて行脚するという。

 沖縄社会にとって、嘉手納基地への統合案は消えては浮かぶ、基地負担軽減の実を伴わない蜃気楼(しんきろう)のようなものだ。
 民主党政権が推進する名護市辺野古への移設計画は、オール沖縄の反対の前に風前のともしびとなっている。
 石井氏が与党内から「辺野古不可能」を突き付けたことは評価できても、県内移設への強い反対と政府不信が重なる構図をわきまえず、嘉手納暫定移設案を打ち出すようでは見当違いも甚だしい。
 米議会の嘉手納統合論者と気脈を通じて、野田佳彦首相の救世主気取りで地元説得に臨むならば、無駄足を踏むだけだろう。
 政治主導のはき違えである。
 嘉手納基地を抱える沖縄、嘉手納、北谷町の3首長が「いかなる理由、いかなる条件があろうとも断固反対する」と表明した。機先を制して行動に出た怒りの深層を、石井氏はよく考えるべきだ。
 沖縄の基地の負担感、重圧感は何が土台にあるのか。米兵が起こす事件・事故と、遮りようのない米軍機騒音などの生活被害が重層的構造をなしている。
 日米の国家同士が約束した負担軽減策が順守されず、期待を裏切られることが繰り返され、県民の失望感を増幅させている。
 政府は1996年3月に締結された嘉手納、普天間の両飛行場の騒音防止協定を基地負担軽減の決定打であるかのようにアピールし、鳴り物入りで始動させた。
 ところがどうだ。午後10時から午前6時までの原則飛行禁止さえ守られず、周辺住民が安眠を突き破られる事態が頻発し、騒音状況は総じて悪化している。
 住民生活を守る最低限の定めさえ米軍は守らない。日米の力の差を見てきた地元に、「普天間を統合しても、騒音が増加しないようにする」(石井氏)という言い分を信用する余地はない。当然のことだ。
 1991年に火山の噴火で基地が閉鎖されたフィリピンから一時移駐した空軍の特殊部隊は今も平然と居座り続けている。石井氏は、「暫定的な移設」という言葉に潜む虚飾と危うさを沖縄側が見透かしていることも自覚すべきだ。