被爆新生児調査 人道的責任は免れない

 核をめぐる非人道性を帯びた深い闇がまた一つ浮かび上がった。
 世界で初めて原子爆弾を広島、長崎に落とし、罪のない多数の市民を死傷させた米国が、放射線を浴びて死産したり、生後すぐに死んだ新生児の臓器標本などを独り占めし、遺伝的影響を調べていた。

 広島、長崎への原爆投下から数年後、臓器標本やカルテが米国の放射線研究機関で利用された新生児の数は1200人以上に上る。米軍病理学研究所の内部文書で明らかになった。
 当時、ソ連との冷戦下にあった米国は水爆など、より威力の大きな核兵器開発に血眼になっていた。臆面もなく、犠牲になった新生児を軍事研究に利用する不遜な態度に驚く。人道的責任は免れまい。
 被爆地の遺伝的影響を重くみた米国は、新生児調査で被爆した親の爆心地からの距離や症状、奇形として生まれた子の割合などのデータを集めた。今の放射線の被爆線量の国際基準の源流になっている。
 事実を発掘した広島市立大の研究者は「核兵器や放射線研究のために、新生児がモルモット扱いされた」と厳しく指摘している。
 原爆投下をめぐっては、大きな疑問がまだ残る。黄色人種の日本が敵国だったからこそ、使用に踏み切ったのではないかという根源的な疑念だ。
 日本との戦争を早く終結させるためという大義を掲げつつ、開発から日が浅い原爆を投下したのは、原爆の威力を確認する「人体実験」の思惑があったのではないか。
 占領の当事者が、敗戦国・日本国民の人権をないがしろにしていたことは、被爆死した新生児への放射線の影響調査からも浮かぶ。
 兵器使用をめぐる米国の差別的体質は、ベトナム戦争で1961年から10年間、約2万回も散布された枯れ葉剤使用にも連なる。
 南ベトナム解放戦線が潜む森を根絶やしにするため、米軍は、発がん性があり、奇形を招く猛毒のダイオキシンが含まれる枯れ葉剤を用いた。終戦から37年を経た今も、世代を超えて重い障害児が生まれている。
 1991年の湾岸戦争とイラク戦争で米軍は、低レベル放射性物質の劣化ウランを材料とする砲弾を使った。残存した放射線により、住民の健康被害が顕在化している。
 戦争は弱者に犠牲を強いる。被爆死した新生児調査で浮かんだ負の遺産を、唯我独尊の軍事大国の内実を問い直す糧としたい。