復帰記念式典/差別と犠牲断ち切るとき 沖縄に民主主義の適用を

 民主主義社会は世論を尊重することが基本です。なぜ、(日米)両政府とも沖縄県民の切実な声をもっと尊重しないのですか。
 復帰40周年記念式典で上原康助元沖縄開発庁長官はこう述べた。ほとんどの県民が共有する疑問だろう。なぜ政府は沖縄に民主主義を適用しないのだろうか。
 県民の願いは、ほんのささやかなことでしかない。米軍基地の移設を、拒否すれば強要されることがない他県の国民と同様に、沖縄にも強要しないでほしいということだ。沖縄の民意も、他県と同じ重みでくみ取ってほしい。

繰り返す二重基準
 差別の例証としてよく取り上げられるのが、国土の0・6%しかない沖縄に全国の74%の米軍専用基地が集中するという点だ。だが、より問題なのは政府の態度である。
 2005年の在日米軍再編協議で米側は、沖縄の海兵隊の九州、北海道など本土への移転を打診した。だが日本側は検討しようとすらせず、打診自体をひた隠しにした。
 防衛庁(当時)首脳はその理由を「本土はどこも反対決議の山」だからと説明した。実際には正式に可決した自治体議会はなかったにもかかわらず、だ。
 政権交代後もそうだ。普天間飛行場の徳之島移転案は正式打診もしていないのに、反対の空気をくんで断念した。だが沖縄は知事も地元市長も反対で、県議会が全会一致で反対決議をしたにもかかわらず、押し付けようとしている。
 同様の二重基準(ダブルスタンダード)は、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備でも繰り返している。政府は当初、本土の米軍基地に一時駐機し先行運用することで安全性をアピールする予定だったが、地元の反発で断念した。
 しかし沖縄では猛反発をよそに、今夏にも配備を強行しようとしている。よりにもよって世界一危険とされる普天間飛行場に、だ。しかも県都那覇で組み立て、市街地上空で試験飛行するという。政府は都心の新宿や銀座の上空で同じことを許すだろうか。
 野田佳彦首相は復帰記念式典で「沖縄の基地負担の早期軽減を具体的に目に見える形で進める」と述べた。政府が今まさに進めようとしていることとの、あまりの乖離(かいり)に言葉を失う。
 閣僚は来県するたび「沖縄の民意に耳を傾ける」と口にする。今回の首相もそうだ。だが耳を傾けた結果、実行したためしはない。

低姿勢の「演出」
 沖縄の民意をくむ意思などないのに、低姿勢を演じる。そして「政府がこれほどお願いしているのに、受け入れない沖縄はわがままだ」という国民世論を喚起しようとしている。そう見るのはうがちすぎだろうか。
 美辞麗句はもういい。沖縄の意思をくむなら、首相はまず真っ先にオスプレイ配備を撤回させてもらいたい。その上で普天間・海兵隊の県外・国外移設に本気で取り組んでほしい。
 東日本大震災後、福島と沖縄の近似性が指摘されるようになった。危険は周縁部に負わせ、利益は中央が享受する構図がうり二つだ。国策を進めるため補助金を投じた結果、地域経済が国依存型になってしまう点も似ている。
 違うのは、沖縄では銃剣を突き付けられて土地を収奪された点だ。「誘致」などしていない。
 もっと大きく異なる点もある。原発事故後の福島に、政府が新たな原発を造るだろうか。県議会も知事も反対しているのに、原発を強要することなどできるだろうか。今、政府がしようとしているのはそういうことだ。
 差別を自覚した県民は、もはや分水嶺を越えている。もう犠牲を甘受するだけの存在には戻れない。政府はその重みを知るべきだ。次の世代に犠牲を強いることのないよう、今の世代で差別の連鎖を断ち切りたい。