首相あいさつ 寄り添う姿勢の具体化を

 「慰霊の日」の23日、沖縄全戦没者追悼式が催された。出席した野田佳彦首相は、沖縄の苦難の歴史に触れ「不戦の誓いを堅持し、国際平和の実現を不断に追求する」と誓った。沖縄に寄り添う姿勢も強調したが、これを素直に受け止める県民がどれだけいるか疑問だ。

 なぜなら、日米両政府は米軍普天間飛行場を名護市辺野古へ押し付ける姿勢を崩していない。その上「世界一危険」といわれる同飛行場に欠陥が指摘されるMV22オスプレイ配備を強行しようとしているからだ。
 「沖縄県民斯(か)く戦へり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」。戦場になった沖縄の惨状を目の当たりにした大田実海軍中将の電文を引いて、野田首相は沖縄への思いを次のように述べた。
 「私たちは、常に問い返さなければならない。沖縄の皆さんの抱く思いを、全ての日本人で分かち合おうとする格別の努力を尽くしてきているだろうか、と」
 沖縄から言えば、残念ながら野田首相については否だ。沖縄に向き合う首相の姿勢を見れば分かる。鎮魂の思いを口にする一方で、立て続けに墜落事故を起こしているオスプレイの配備計画を容認している。事故の最終報告さえまとまらないのに、野田政権の閣僚は冷淡に「問題ない」と繰り返す。
 首相は追悼式では「オスプレイ」には触れなかった。しかし、横路孝弘衆議院議長はオスプレイを取り上げ「県民の大きな不安から、私たちは目をそらしてはいけない」と言い切った。高嶺善伸県議会議長、照屋苗子県遺族連合会長も配備への懸念を示し「容認できない」と県民の思いを代弁した。
 政治家の命は言葉だ。いくら美辞麗句を連ねても、実行が伴わなければ無意味だ。県民は国政を預かる人々の本気度を注視している。
 首相が力を込める部分があった。
 「戦争の惨禍を二度と繰り返さないために、国の安全保障に万全を期すことは国政を預かる者の務め。その責務はわずかなりともおろそかにすることはできない」
 オスプレイ配備を容認し、与那国島には住民の対立をよそに自衛隊配備を進める。
 戦後67年、復帰40年を経た沖縄の願いは、安全保障の負担をこれ以上押し付けるなということだ。沖縄の思いと首相の言動が水と油のように混じり合わない現実は、悲しい限りだ。