オスプレイ/犯罪的な「犠牲」強要 日米中は戦略的対話を

 米政府が2年後をめどに、米空軍嘉手納基地に垂直離着陸輸送機CV22オスプレイの配備を始める方針を固めた。同基地所属の特殊部隊向けに、10機程度の配備を完了させる計画とみられる。
 嘉手納基地周辺では米軍機の爆音が受忍限度を超え、裁判でも過去に2度「騒音」が違法と認定された。

嘉手納基地へのオスプレイ配備は、住民の基本的人権、平穏な暮らしを脅かす愚行以外の何物でもない。普天間配備への県民の異議申し立てをも無視する暴挙であり、到底容認できない。日米両政府に、両基地へのオスプレイ配備の撤回を強く求めたい。

■恐怖からの自由

 「沖縄は先の戦争で捨て石になり、戦後は本土が嫌がる負担を背負わされ、ずっと沖縄だけで国を守らされてきた。これ以上の負担は『差別』という言葉すら柔らかい。これで事故が起きれば『犯罪』だ」。沖縄市青年団協議会の喜友名秀樹会長(31)の指摘だ。
 日米安全保障体制とは何なのか。沖縄に過重な基地負担を押し付けることの「犯罪性」についてどう考えるのか。安倍晋三首相、オバマ米大統領は答えてほしい。
 普天間、嘉手納両基地への配備計画が完全実施されれば、計30機以上が沖縄の空を入れ替わり立ち替わり、飛び交うことになる。
 オスプレイは墜落事故が絶えず、米メディアも「空飛ぶ恥」「未亡人製造機」と揶揄(やゆ)する。民主国家であれば、県民には事故の恐怖と騒音の苦痛を拒む権利、自由があるはずだ。それを保障できない政府なら民主主義を語る資格はない。
 このままでは沖縄はアジア太平洋地域で最大のオスプレイ拠点となる。全機が日本本土での低空飛行訓練の対象となり影響は全国に拡散する。「欠陥機」が常駐する沖縄で、日本全国で、外国軍機の事故の危険におびえる。そんな主権国家が世界のどこにあるのか。
 政治家や官僚、専門家を自任する人々が、沖縄の基地機能強化を当然視するのであればすぐにでも米軍基地の「応分の負担」を引き受けてもらいたい。自らは安全な場に身を置きながら日米同盟の大義を振りかざすことがいかに人の道に反するか、自覚すべきだ。
 為政者も国民も思い起こしてほしい。日本の美しい自然、ふるさとが日本国民のものであるように、沖縄の美しい海、空、土地は140万県民のものだ。日米地位協定によって特権的地位を保障された米軍が傍若無人な振る舞いを繰り返しているが、戦勝国と敗戦国の関係の延長線上にある不平等な協定とこれに基づく諸権利のありようは本来、決して正常ではない。

■戦わずして守る

 沖縄は米軍の事件・事故、米兵犯罪の掃きだめではない。これ以上、日米両国国民の安全と繁栄のための踏み台になるのは耐えられない。
 オバマ政権は軍備増強を進める中国をにらみ、アジア太平洋地域重視の国防戦略を進める。防衛省がもくろむ与那国島への自衛隊配備計画や下地島の軍事拠点化も、米戦略と連動している。中国へのけん制や朝鮮半島有事などを想定した米戦略は、軍の論理が突出している。民主国家の為政者は「軍の虜(とりこ)」になってはならない。
 外務省OBで元防衛大教授の孫崎享氏は「米国は財政難で軍事費の削減を迫られる中、中国との経済的な関係を重視し協調路線を選択していく。対中国ではこれまでの前方展開から後方配備に切り替え、抑止と防衛の負担を同盟国である日本側に肩代わりさせる『オフショア・バランシング』の戦略を進めていくだろう」と指摘する。
 世界1位、2位の経済大国である米中が協調路線を進み、そのはざまで日本は経済・軍事で中国と対立する。それが「平和国家日本」の持続的発展と国民の安全にかなう選択だとは到底思えない。
 米中両国との戦略的互恵関係の在り方を根本から見直し、戦わずして安全を確保する安保政策の新しい地平を切り開く。この点にこそ、この国の英知を集めるべきだ。