<社説>朝日新聞誤報問題 負の歴史は否定できない


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 朝日新聞の木村伊量社長が記者会見し、従軍慰安婦に関する報道と東京電力福島第1原発事故の「吉田調書」をめぐる報道の誤りを謝罪して記事を取り消した。特に慰安婦の問題は報道機関の歴史認識や言論の自由に対する姿勢が問われるもので事態は深刻だ。

 韓国・済州島で、慰安婦を強制連行したという故吉田清治氏の証言を朝日新聞が初めて報じたのは1982年だった。92年に証言に疑義を呈する報道があったのに検証の機会を逸し、訂正まで32年を要した。木村社長が認めるように「訂正するのが遅きに失した」と言わざるを得ない。
 しかも、この問題を論評するジャーナリスト池上彰氏のコラムの掲載を拒否した。自由な言論を守るべき報道機関の使命を放棄したに等しく、重大な過ちだ。木村社長が「読者の信頼を損なうような結果に責任を痛感している」と謝罪したのも当然だといえよう。
 吉田証言は虚偽だったが、朝鮮半島の女性を慰安婦として戦地に駆り出した重大な人権侵害があった事実は変わらない。記事取り消しに乗じて負の歴史を否定する動きが広がることを危惧する。
 従軍慰安婦に関してはさまざまな証言がある。沖縄戦においても首里城地下に置かれた32軍司令部壕に朝鮮の女性たちがいたことが学徒の証言で分かっている。
 慰安婦問題に関する93年の河野談話は、日本軍が慰安所の設置や管理に関与したことや、本人の意思に反した慰安婦の募集があったことを認めている。強制連行に関する一証言が否定されても、広義の強制性は否定できない。
 国立公文書館は昨年、強制連行したオランダ人女性を慰安婦とした旧日本軍将校の裁判記録を開示した。日本兵の性のはけ口となることを女性たちに強いた証言があり、歴史の事実として無視できない。
 安倍晋三首相はラジオ番組で「(誤報によって)国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実」と述べた。しかし、負の歴史から目を背けては国際社会から信頼を失う。
 安倍内閣は河野談話を継承する以上、慰安婦問題の全体像を明らかにすべきだ。そのことが国際社会の信頼を得ることにつながる。
 「吉田調書」の誤報について木村社長は「記者の思い込みと、チェック不足が重なった」と説明した。同じ報道機関として自戒しながら、朝日新聞の検証作業を見守りたい。