<社説>世界初iPS手術 再生医療への大きな一歩だ


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 人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作った細胞を患者に移植する世界初の手術が行われた。再生医療の確立に向けた大きな一歩だが、実用化への道のりはまだ遠い。大きな期待を寄せつつ、冷静に臨床研究の推移を見守りたい。

 理化学研究所と先端医療センター病院のチームが、さまざまな細胞に成長できるiPS細胞から作った網膜の細胞を、目の難病「滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑(おうはん)変性」を患う70代女性の右目に移植し、手術は成功したと発表した。
 術後の経過は順調で、患者は一夜明け「見え方が明るくなった」と話したという。加齢黄斑変性は視野がゆがんだり暗くなったりし、失明にもつながる病気だ。国内に約70万人いるという患者にも大きな希望を与えただろう。
 視野や視力の回復が注目されるが、今回の一番の目的は治療の効果よりも細胞や手術の安全性の確認にある。iPS細胞には、がんになりやすいのではないかという懸念もある。研究チームは異常がないかを今後調べるが、研究を主導した理研の高橋政代プロジェクトリーダーは「普通の治療になるには10年以上かかる」と話した。
 iPS細胞は2006年に山中伸弥京都大教授が開発した。皮膚や血液などの細胞に数種類の遺伝子を組み込み、受精卵のように体のさまざまな細胞や組織になる能力を持たせた細胞だ。ほぼ無限に増やすことができ、病気や事故で傷んだ体の細胞や組織を修復する「再生医療」の切り札として大きく注目を集めてきた。
 「夢の万能細胞」へ期待はいやが上にも高まるが、高橋氏は「道のりはまだまだ長い」と指摘した。専門家からも「有望なことは間違いないが、再生医療への応用の期待が高まりすぎているようにも見える」(榎木英介近畿大講師)と冷静な検証を求める声がある。
 iPS細胞は角膜の病気や心不全、脊髄損傷などの治療研究も進んでいるが、動物実験の段階だ。パーキンソン病は来年から人を対象に研究が始まる。これまで、がん化の懸念が小さい目の網膜治療の研究が先行してきたが、応用にはまだ研究すべき課題が多々残されている。
 数千万円とされる費用面や治療の有効性も含め、他の治療法との検証も必要だ。技術開発者の山中氏は「これからが本番」と話した。今後の臨床研究に大きな関心を寄せ、その成果を注視していきたい。