<社説>検索結果の削除 「忘れられる権利」の議論を

 インターネットの検索サイト「グーグル」に対し、東京地裁が個人情報にかかる検索結果の削除を命じた。これを機に「忘れられる権利」の議論を深めたい。

 東京地裁は、自分の名前を検索すると過去に犯罪行為をしたかのように連想させる投稿記事が多数表示され、人格権が侵害されているとして、日本人男性が米グーグルに検索結果の削除を求めた仮処分で、検索結果の一部を削除するよう命じた。
 男性側弁護士によると、国内初の司法判断とみられる。関述之裁判官は「検索結果の一部はプライバシーとして保護されるべきで、人格権を侵害している」と断じた。
 ネット上に残る個人情報を時間が経過した後に削除するよう求めることは「忘れられる権利」と呼ばれる。5月に欧州連合(EU)司法裁判所が出した判決が、「忘れられる権利」を支持するものとして注目を集めた。ただ日本ではまだ明確に認められていない。
 個人情報を削除するには、書いた人やサイトの管理者に求めるのが一般的だが、連絡できない場合や転載を重ねられたりして膨大な情報が出回ったときは全て削除することは困難で、有効策がない。
 東京地裁は「検索結果の一覧は(犯罪行為をしたかのように連想させるもので)それ自体が人格権を侵害している。検索サイトを管理するグーグルに削除義務があるのは当然」とした。サイトの責任を認めた画期的判断と言えよう。
 ネットでは誹謗(ひぼう)中傷や個人情報が際限なく拡散される事例が後を絶たない。EU司法裁判所の判決を受け、グーグルはEU内のサイトに限定し利用者から削除要請を受け付けるサービスを始めている。人権侵害が深刻化する状況は日本でも早急に改善されるべきだ。
 ただ検索サイトが「知る権利」に貢献している側面は当然尊重する必要がある。安易な削除要請が認められれば、政治家など公人の不祥事や歴史的事実など公益性のある情報まで消される懸念がある。表現の自由に反し、権力の検閲強化にもつながりかねないとの指摘もある。
 識者からは「ネットでは何を書いてもいいという時代は終わりつつある」と削除請求権の立法化を促す意見の一方、知る権利や表現の自由との両立を図るための第三者機関を設置すべきだとの提案もある。「忘れられる権利」の議論を深める中で、着地点を見いだしたい。



琉球新報