憲法施行60年・9条を手放していいのか/平和主義の精神これからも

 憲法が施行されてきょう3日で60年を迎えた。
 「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」を3原則とした憲法が、日本の平和と国民を守り続けてきた。
 その憲法が今、揺らぎ始めている。戦後レジーム(体制)からの脱却、日米同盟の強化を目指す安倍晋三首相の登場で改憲の動きが勢いを増している。
 その狙うところは「戦争の放棄」と「戦力不保持」を明記した9条の改正である。憲法改正手続きを定める国民投票法案の成立も、目の前に迫っている。
 9条を手放していいのか。国民一人一人があらためて真剣に考える必要がある。「改憲ありき」の政治を許してはならない。

原点に立ち返れ

 2005年に衆参両院の各憲法調査会が最終報告書をまとめた。自民党も同年、新憲法草案をまとめている。それ以降、改正論議が加速している。
 両院の最終報告書は憲法改正の方向性を示した。特に衆院は「9条1項(戦争の放棄)の堅持」を打ち出す一方で、それと相反する「集団安全保障活動への参加」を盛り込んだ。9条の精神を形骸(けいがい)化させるものである。
 自民党の新憲法草案は、現行憲法の核心部分である9条を改正し「自衛軍を保持する」と明記、9条2項の「交戦権の否認」を削除した。
 草案の意図するところは「戦争のできる国」にほかならない。安倍首相も自民党総裁として、その方針に沿って憲法改正に意気込んでいる。
 安倍首相は昨年10月、英紙のインタビューで「(総裁としての2期6年の)任期中に憲法改正を目指したい」と表明。9条については「時代にそぐわない典型的条文。日本を守る観点と国際貢献を行う上でも改正すべきだ」と述べている。
 果たしてそうだろうか。戦後曲がりなりにも、日本が平和であり続けたのは憲法の存在が大きい。時々の為政者に歯止めをかける9条がなければ、今の日本の平和と繁栄はあっただろうか。国際紛争が絶えない時代だからこそ、憲法の輝きは増しているのである。
 首相の言う「国際貢献」とは何か。米軍と自衛隊が軍事行動を共にすることだとすれば、短絡した考えである。
 憲法が禁じ、政府の憲法解釈でも禁じられている「集団的自衛権」の行使を、有識者会議を通して解釈改憲することも首相はもくろんでいるが、それが真の国際貢献とは思えない。
 平和憲法を持つ国としての国際貢献を考えるべきだ。日本に求められた国際貢献は、外交面で役割を果たすことである。
 国際紛争を解決する手段としては、永久に武力行使を放棄するとの原点に立ち返るべきだ。

国民意識と隔たり

 共同通信が4月に実施した全国電話世論調査では、戦争放棄と戦力不保持を規定した9条については44・5%が「改正する必要があるとは思わない」と回答し、「改正する必要がある」の26・0%を18・5ポイント上回った。
 集団的自衛権行使の政府解釈は「今のままでよい」が54・6%と、「解釈を変更して行使できるようにすべきだ」18・3%、「憲法を改正して行使できるようにすべきだ」18・7%を合わせた37・0%を17・6ポイント上回っている。
 安倍首相の意に反して、国民の多くは9条改正を望んでいないのである。かえって9条を守るべきだとする声の方が多いのである。
 この事実に安倍首相をはじめ、政治家は目を向けるべきである。
 国民意識とは大きな隔たりがある中で、憲法改正を急ぐべきではない。衆院で国民投票法案を与党が強行採決で可決したような愚を繰り返してはならない。
 沖縄戦では住民を含む多くの貴い命が失われた。沖縄は戦後も27年間にわたり米施政権下に置かれ、人権を踏みにじられた歴史がある。
 それだけに、県民には平和主義、基本的人権の尊重を柱とする憲法に特別の思いがある。だが、その思いは沖縄だけのものではないはずである。
 第2次世界大戦の反省から制定された世界に誇れる平和憲法を引き続き堅持し、後世に引き継ぐ必要がある。
 戦争の教訓から生まれた憲法の持つ意味をいま一度かみしめたい。



琉球新報