<社説>発送電分離 大胆な改革へかじを切れ

 先送りや不徹底は改革を空回りさせ、無効にするための常套(じょうとう)手段だ。電力改革をそのような空疎な軌道に乗せてはならない。

 政府、与党は電力改革の「発送電分離」を2020年とする方向で検討に入った。実施時期は従来、「18~20年をめど」としていた。その中で最も遅い時期にするというわけである。後ろ向きな態度は許されない。大胆な改革へかじを切るべきだ。
 日本は電力会社が地域ごとに発電と送電を独占しているが、そんな寡占体制は先進国ではまれだ。近年、小型発電所の性能は向上し、新規参入は容易になった。だが日本では発送電が未分離のため、新規参入者も既存電力会社の送電網を使わざるを得ない。その使用料が高額で、新規組の競争力を奪っていると指摘される。
 日本の電気料金は総括原価方式だ。経費に利益を上乗せした料金に、国がお墨付きを与える形だ。その経費も電力会社の言い値に近い。電力業界は巨額の政治資金を一部の政党や政治家に提供している。いわば政官業一体で既得権益を守る構造だ。この構造に風穴を開ければ料金低下も期待できる。消費者の利益にかなうはずである。
 例えば1990年に国営電力会社を分割民営化した英国では、5年で電気料金が実質11%低下したとされる。改革は必然であろう。
 電力業界は、電力自由化は安定供給に支障があると主張し、その例として米国カリフォルニア州の01年の大停電を挙げる。だがこのとき、電力小売価格には規制が残っていた。そのために小売業者が破綻したのが停電の原因だ。経産省の資料は、逆に「中途半端な自由化」が停電をもたらしたと総括する。それなら改革はやはり大胆に断行すべきではないか。
 その発送電分離を遅らせるのも問題だが、その方式も問題だ。分離には電力グループ内で送配電網を分社化する「法的分離」、運用を別組織に委ねる「機能分離」、電力会社から完全に切り離す「所有分離」があるが、日本は「法的分離」を採用するという。だがこれでは、配電網の利用料などで電力グループによる恣意的な運用の可能性を排除できない。新規組に公正な競争環境を整備したとは到底言えない。
 こんな微温的な「改革」は改革の名に値しない。既得権益の「電力ムラ」の解体なくして、未来のエネルギー政策はあり得ない。