<社説>核兵器運搬可能 非核三原則も捨てるのか

 核兵器を「持たず」「造らず」「持ち込ませず」の非核三原則は日本の「国是」である。安倍政権はそれさえも捨て去ろうというのだろうか。

 中谷元・防衛相は安全保障関連法案に基づく他国軍への後方支援をめぐり「核兵器の運搬も法文上は排除していない」と述べた。自衛隊が核兵器を運搬できるということであり、看過できない。
 一方で、中谷防衛相は「非核三原則があるので(核兵器の運搬は)あり得ない。要請があっても拒否する」とも述べた。額面通りに受け取ることはできない。
 非核三原則を順守するならば「核兵器は運搬できない」と法案に明記すべきである。それをしないのは、核兵器を運搬できる余地を残しておきたいという考えが根底にあるということである。
 安倍晋三首相は広島市で開かれた平和記念式典で、あいさつに非核三原則の文言を盛り込まなかった。核兵器運搬が可能な安保法案との関係で、あえて盛り込まなかった可能性がある。
 安倍政権は歴代内閣が守ってきた憲法規範を次々にほごにしてきた。歴代内閣が憲法9条に基づき認められないとしてきた集団的自衛権行使を昨年7月、国会議論もないまま閣議決定で憲法解釈を変更して可能にした。
 それに先立って4月には平和主義の象徴ともいえる武器輸出三原則を廃止し、防衛装備移転三原則を閣議決定した。新たな三原則は憲法の理念に反し、国際紛争を助長する恐れがある。
 歴代内閣が踏襲してきた方針を一内閣の判断で転換させることを、安倍政権は一切いとわないのである。非核三原則も堅持される保証はない。
 安倍首相は集団的自衛権行使の基準について「総合的に判断する」との不誠実な答弁を繰り返し、基準を一切明らかにしていない。政府の裁量が際限なく拡大されるとみていい。独断専行に終始する安倍首相に行使の是非を判断させることは危険過ぎる。
 安保法案によって危険にさらされるのは何も日本国民だけではない。自衛隊が核兵器を運搬することは核兵器使用容認につながる。世界を核の脅威にさらすことは唯一の被爆国として認めるわけにはいかない。安保法案を廃案に追い込むため、さらに声を上げたい。