<社説>安保法案可決 道理なき違憲立法だ 今国会成立は許されない

 70年間、国としてただの1発も他国に向けて撃たなかった誇るべき歴史がついえようとしている。

 国会議事堂前に市民の抗議が響く中、与党は参院平和安全法制特別委で安保関連法案の採決を強行した。委員長が何を発言したか、何が起きているか分からない採決劇だった。民主主義が崩れる光景を目の当たりにした思いだ。
 与党はきょう参院本会議で採決し、成立させる構えだが、専門家の多くが違憲と断言する法案だ。立法事実も法的安定性も怪しい。どこをどう見ても道理の通らぬ違憲立法なのである。このまま今国会で成立させてはならない。

撤回に次ぐ撤回

 それにしても、前々日、前日の公聴会は何だったのか。そこで出た疑問や意見について何ら審議がないままの強行採決だ。これでは公聴会は「国民の声を聴いた」と装うためのアリバイにすぎない。
 特別委の鴻池祥肇委員長は職権で「締めくくりの総括質疑」開会を決めた。職権で決めるなら議論は要らないし、そもそも委員会自体が不要である。言論の府が自ら存在意義を否定したに等しい。
 法案をめぐる政府答弁のずさんさは目に余った。
 自衛隊が他国へ出て機雷掃海をするという。安倍晋三首相は、5月には中東のホルムズ海峡封鎖を挙げたが、9月になると「ホルムズ海峡封鎖は想定していない」と言い始めた。首相は「日本人母子を乗せた米国軍艦の護衛」も持ち出していたが、中谷元・防衛相は「(米艦防護は)邦人が乗っているかは絶対的なものではない」と言い出した。それならなぜ自衛隊が他国で活動するのか。必要性を裏付ける「立法事実」は存在しないと白状したに等しい。
 公聴会で公述した学生団体「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基氏はこう述べた。「前日の答弁と全く違う説明を翌日には平然とし、国会審議は何度も速記が止まるような状況で、一体どうやって国民は納得したらいいのか」。まさにその通りである。
 中谷氏の答弁は撤回に次ぐ撤回だった。だがそれを一閣僚の資質の問題に帰していいのか。
 憲法審査会で出席した憲法学者全員が違憲と断じ、元内閣法制局長官も憲法逸脱と指摘すると、首相は「違憲立法かどうか最終判断は最高裁が行う」と強弁した。だがその最高裁の元長官が違憲と言うと、今度は中谷氏が「引退した私人の発言」と述べた。
 法案がおよそ合理性を欠き、筋の通らぬ苦しい説明を終始余儀なくされたからこそ、後で撤回するレベルの答弁をしないといけなかったのではないか。

論証の欠如

 この法案は、日本が攻撃を受けていないのに、他国へ出向いて軍事力を行使できるようにする法案だ。あるいは他国に武器弾薬を提供し、戦闘機の燃料も補給する。普通はこれを参戦と呼ぶ。常識的に考えて、戦争に巻き込まれる危険性が跳ね上がるのは明らかだ。
 政府は「戦闘に巻き込まれることはない」と繰り返すだけで、なぜ巻き込まれないのか、具体的な論証をまるで欠いていた。
 歴代政権が否定した集団的自衛権行使を、一内閣の判断でなぜできるのかも、説得力ある説明はついぞ聞かれずじまいだ。となると論理的には、別の内閣では逆の判断も可能ということになる。まさに法的安定性の欠如だ。これでは法治国家でなく人治国家である。
 首相は「決める時には決めるのが民主主義のルールだ」と述べる。総選挙で信任を得たと言いたいようだ。だが国民は生死に関わる権能を与党に白紙委任した覚えはない。数を頼んでの強行採決は民主主義のあるべき姿ではない。
 世論調査では一貫して国民の過半数が反対である。「国民の理解が得られてない」というのは間違いで、むしろ専門家も国民も、政府の説明の結果として反対なのである。結論は明らかだ。この法案は廃案にするほかない。