原爆の日 核廃絶こそが人類の使命

 広島、長崎は原爆被爆から62年の夏を迎えた。広島は6日、長崎は9日の「原爆の日」にそれぞれ平和式典を催し、核廃絶への誓いを新たにする。未曾有の惨禍で、おびただしい犠牲を払ったにもかかわらず、今日なお核兵器保有国が存在し、被爆者たちの声を受け止めようとしない。
 そんなエゴがいつまで許されるのだろうか。少なくとも日本は、唯一の被爆国としてこれ以上、核保有国のエゴを許すわけにいかない。核廃絶が絶対に譲れない一線であることを、核保有国を含む世界各国に対し、一段と強く訴えねばなるまい。

続く被爆者の苦痛

 原子爆弾は第二次大戦末期の1945年8月6日、広島市の上空で米国のB29爆撃機から投下された。爆心地の地表温度は4000度に達し、大量の放射線が発生。市内の建物の9割以上が焼失または全半壊し、その年だけで推定約14万人が死亡した。
 3日後の9日、今度は長崎市に原爆が投下され、市の上空で爆発した。爆風と放射線で、同年末までに約7万4千人が死亡した。翌年以降に亡くなった被爆者も数万人規模に上り、生存被爆者の多くは、がんなど放射線が原因の健康障害に苦しんでいる。被爆は決して過去の出来事ではない。極めて今日的問題である。
 中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」は、原爆のすさまじさを描き出す。全身にやけどを負い、皮膚が垂れ下がったまま苦しむ人たち。倒壊した家屋に圧死した家族ら。どれも“地獄絵”だ。激しい地上戦に巻き込まれた沖縄県民にも通じる光景であり、こうした体験・教訓を風化させることなく、次世代に継承していく必要性をあらためて痛感する。
 ところが世界に目を向けると、未曾有の惨禍を教訓とするどころか、格段に威力を増した核兵器が開発され続けている。米国、ロシア、英国、フランス、中国の五カ国に加え、インド、パキスタン、イスラエルが事実上の核保有国とされ、北朝鮮も「核保有」を宣言した。
 確かに、米ソ冷戦時代は「抑止力」としての核の役割が強調された。いわば、使うことを基本的に想定しない核であった。しかし、冷戦後も核は“居座り”続ける。イランや北朝鮮が大国に対抗する政治カードとして核開発をちらつかせてきたこともあり、米国などは従来の抑止力から用途を広げ、核を「ならず者国家やテロ組織」に対して使うことも辞さない兵器と位置付け始めた。
 実際、ブッシュ米政権が核テロ対策の一環として、広島と長崎の原爆被爆者やビキニ水爆実験被ばく者の調査を続ける邦人研究者らの技術協力を受けていたことが分かっている。

「抑止力」の変質

 これは看過できない。危うい事態である。1970年発効の核拡散防止条約(NPT)は核兵器の保有を米国、ロシアなど五カ国に限り、他の国の保有を禁じているが、一方で「核軍縮交渉の義務」を課した。その義務をないがしろにしてはいないか。五カ国以外の核保有を禁じるのは当然だが、保有国が核軍縮への取り組みを怠っていいはずがない。肝心な部分を忘れてもらっては困る。
 翻って日本はどうか。長崎出身の久間章生前防衛相が、米国の原爆投下を「しょうがない」と発言し、当初、安倍晋三首相も擁護した。原爆投下は多くの市民の命を奪い、今なお被爆者を苦しめる残虐行為だ。発言は被爆国の閣僚として非常識で、被爆者の気持ちを踏みにじる暴言と言わざるを得ないが、これを首相が擁護してしまったのでは、被爆国の意識が薄れたと言われても仕方がない。
 久間発言を念頭に置いてか、広島市の秋葉忠利市長は6日の平和記念式典で、日本政府が「被爆の実相と被爆者の哲学」を謙虚に学ぶよう訴える。長崎市の田上富久市長も9日の式典で、核兵器使用が正当化されないことを政府が世界に訴えるよう求めるという。
 被爆地の訴えを日本政府、そして各国は真剣に受け止めてもらいたい。国際社会が結束して非核運動のうねりをつくり出せば、核保有国のエゴをただせるし、道も開けよう。核廃絶は人類に与えられた使命であり、喫緊のテーマである。核の恐怖から脱するために、日本が果たす役割は大きい。各国をリードし、ことしの原爆忌を平和構築への再出発点としたい。