練習船の想い出

 ガラガラと流れ行く時、忙(せわ)しく行き交う人々、時代の喧騒(けんそう)の中でせかせかと生きていると時折、ふっと遠い昔に夢のような大航海をしたことを想い出す。45年前の今日、昭和36年5月10日、練習船日本丸は練習生63名を含む総勢129名を乗せて神戸港を出航、一路遠洋航海の旅に出た。北太平洋の大圏航法をとったため荒天続きで練習生は当初船酔いに悩まされた。船体が30度も傾斜してボートスパーが折損するような大しけも経験したが日が経つに連れて凪(な)ぎの日も多くなり、そんな日はボートを降ろして洋上ピクニックと洒落(しゃれ)こむこともしばしばであった。また航海中は乏しくなった食糧の補給を図るべく漁労班が活躍したが、主な獲物はカツオやシイラであった。
 たまに大洋の珍魚マンボウがとれることがあり200キロ程のマンボウを捕獲したときはバイキングよろしくその肉を貪りお祭り騒ぎであった。行き交う船も無く広い太平洋を星を頼りにひたすらロスを目指して帆走、出航して二週間180度の子午線を通過、日付を24時間戻す。その後僚船の海王丸と洋上ランデブーをしながら1万1千キロの航程を47日かけてロスに到着、8日間滞在の後独立記念日の7月4日、千余隻のヨット、ボートに見送られて国際帆船レースに参加、ひたすらハワイを目指す。22日ホノルル到着。ヤシの葉そよぐマイアミで、ハワイアンとフラダンスの歓迎を受け夢のような日々が過ぎいよいよ帰途に就くこととなった。
 貿易風に乗って船は快走、8月28日東京帰着。天文航海学を修め、観天望気の気質を養って、2万2千キロ111日の大航海を終えた。潮の香をあびて海に夢とロマンを求め勇躍出立した過ぎ去りし遠い昔の話である。
(比嘉榮仁、琉球海運代表取締役社長)