コラム「南風」 トップの人格

 就職、入学、異動等により、新しい環境で新年度をスタートした人も多いことと推察される。その際、周囲の人間関係が気になるところであるが、トップの人物像も関心事であろう。

 史記によると、紀元前3世紀の中国では秦が滅ぼされ漢に替わったが、その創始者である劉邦には、秦との闘争時代に、項羽というまったく性格や能力が異なるライバルがいた。トップに立つ人格として、よく対比される2人である。
 項羽は優れた戦術と傑出した戦闘能力を併せ持つ巨躯(きょく)の武将であったが、周囲との軋轢(あつれき)が大きく、力で人を服従させたという。対する劉邦は個人として特に優秀ではなく、敗戦も多かったが、懐が大きく人望があり、多くの有能な人材を抱えていたといわれる。歴史書の記述であり、実際の人物像とは異なる可能性はあるが、対照的な性格として例示されることが多い。
 このパターンは後の三国志でも繰り返され、スーパーエリートの曹操より、泥臭く民衆に優しい劉備に人気が集まる。これらの比較からトップに立つ人物は、個人の能力ではなく、有能な人材を得て登用することが肝要という話になる。
 このような人物評価は逸話としては面白いが、現実にはそう甘くはない。有能な人材が好んで無能なトップの下に付くことはあり得ない。有能な人材を集められる人物は、その魅力を持っていたのである。歴史書によれば、トップの人物の魅力とは「徳」であった。
 多くの人間は業績によって上から評価されるが、評価者がいないトップの人間は、自律して善行を行い、周囲の人々の模範となることを求められる。すなわちそれが徳である。政治家から団体や大学の長、企業の経営者まで、トップに立つ人間は、「この人のために働きたい」と思われることを理想として、徳を積んでほしいものである。
(堤純一郎(つつみじゅんいちろう)、琉球大学工学部教授)