コラム「南風」 チベットの歌姫からのメッセージ

 日本教育の基盤となったのが、江戸時代の寺子屋である。最盛のときは全国に1万6560軒もあった。教える内容は読み書き算盤(そろばん)に始まり、歴史書、百人一首や四書五経など多岐にわたった。
 その中でも特筆すべきは、沖縄の名護親方(程順則)が清国から持ち帰った六諭衍義(りくゆえんぎ)も使われたことだ。

明治初期までの約200年間続いた教育で、7歳から13歳くらいまでのほとんどの子供たちが、六諭衍義による道徳観を身に付けた影響は極めて大きい。後の日本の発展に大きく影響を与えたと思われる。当時の日本の識字率は70%以上もあったというから、いかに教育が徹底されていたかがうかがえる。
 さて、日本で唯一のチベットの歌手、バイマーヤンジンさんとお会いする機会があった。チベットというと中国との関係、ダライラマ法王をすぐ思い浮かべるが、その歴史は相当苦難続きであった。人々が生活している土地が標高4200メートル、日本の6倍の面積に鉄道は1本のみ、後はバスと馬・牛での移動。標高が高いため、農業もできない環境でヤンジンさんは育った。
 ところが大きな問題は50歳代で10―20%という識字率の低さだ。その弊害がどれだけ大きいか。処方箋(せん)が読めず、殺虫剤を間違って飲んだり、トイレの男女の表記も読めない。さらにひどいのは、契約書が読めないために外からの民族に土地をだまされて取られてしまった。取られた土地は返らず、遊牧民に必要な草原もなくなった。
 日本に来たヤンジンさんは、日本の豊かさに驚くと同時に、郷里チベットに学校を造ることを決意し、既に10校開校させている。
 物が溢(あふ)れ、教育の機会があることを当たり前と思っていたが、あらためて自分たちの環境に感謝し、大事にし続けることを考えさせられたヤンジンさんとの出会いだった。
(渕辺美紀(ふちべみき)、ビジネスランド代表)