コラム「南風」 阿波根昌鴻さんの道義

 1993年、私は阿波根昌鴻さんにお会いするべく伊江島を訪れた。社会福祉の雑誌に、彼のお話を掲載するためだ。わびあいの里で、阿波根さんと彼の右腕となって活躍する謝花悦子さんが迎えてくださった。

 1955年、米軍はまず300人の武装兵士を伊江島に上陸させ、住民の家を破壊し焼き払い、土地を強奪。さらに住民の逮捕・投獄・暴行・占領地内外での爆弾投下や機銃掃射などの蛮行を繰り広げた。結果2人の母親が栄養失調死、住民は餓死寸前に。59年には2人の青年が爆弾の破裂で、61年には平安山良福さんが演習弾の直撃で即死。米軍は賠償すら拒否した。
 土地を奪われた住民たちは島ぐるみ闘争に起(た)つ。その高い精神性と非暴力徹底抵抗は今も語り継がれる。
 闘争の中心だった阿波根さんは語る。「相手は武器を持っておる。殺されてはいかない。生きるために闘うのだから、米軍と話をする時は座って、大勢の中で耳より上に手を挙げない。子どもに話をするように誠意をもって親切に話す。米国の不幸になるようなことはやらない」「武器を造る前に、武器よりこわい人間をつくらなければいかない。今は主権在民ですから、国民の力で悪い政治家は変えていく実力をみんなに持ってもらいたい。私たちは、うんと勉強をして、そういう力を持つようにしよう。小学生にも、だまされない人間になりなさいと強く訴えております。今私は満90歳。今も毎日勉強に忙しいのであります」
 2002年、巨悪に丸腰で挑み続けた阿波根さんは天に召された。基地のない故里を目にすることなく。現在、忍者攻撃機ラプターと最悪欠陥機オスプレイの配備を強行する米国に、その疲弊と没落が見てとれる。「誰も不幸にはしない」。阿波根さんの高潔な道義は、不幸にして日米両政府には届かぬままだ。
(柴崎成実(しばざきなるみ)、編集者)