コラム「南風」 3カ月の大虐殺

 昨年末、総選挙の喧騒(けんそう)の中、ある重要な記念日が完全に忘れられているようでした。12月13日は日中戦争で南京が陥落した日。1937年12月初めから3カ月以上続いた南京大虐殺事件の75周年です。カナダでは、トロント市議会が南京大虐殺を記憶する決議を全会一致で可決し、私の住むバンクーバーでは、日系人作家ジョイ・コガワ氏の呼び掛けで、市民が祈念集会を持ちました。

 人類史上最も残酷といっても過言ではない、日本軍による捕虜集団処刑、市民の虐殺、女性たちの強姦と殺害といった犯罪の数々は、人間性を奪う戦争と差別がもたらしたものであり、二度と起こさない決意を新たにするためにも記念日は重要です。しかし日本では反省どころか、この事件の否定論が横行しています。学問的研究も進み、日本政府も認めているこの史実は、繰り返し歴史修正主義者たちの標的とされてきました(笠原十九司著『南京事件論争史』)。尖閣釣魚諸島問題をめぐり、日本側の認識に欠如しているのが、中国にとって領土問題と歴史問題は表裏一体であるということです。南京大虐殺が「なかった」などと言う人たちが影響力を持つ限りは関係改善などあり得ません。
 3カ月以上にわたる大虐殺といえば、沖縄では、十数万人もの県民が米日軍に殺された沖縄戦が思い起こされるでしょう。毎年、南京の慰霊が終わる3月末には、沖縄の慰霊が始まります。沖縄戦では南京攻略戦に参加した牛島満、長勇をはじめ、中国戦線を経た将兵が多くいました。日本軍は、住民の投降を防ぐため「敵の捕虜になったら男は八つ裂きにされ、女は犯されて殺される」という誤解を広めましたが、その背後には日本兵たちの中国での体験がありました(國盛康弘著『沖縄戦の日本兵』)。南京と沖縄、二つの大虐殺はつながっているのです。
(乗松聡子(のりまつさとこ)、ピース・フィロソフィーセンター代表)