コラム「南風」 68年目の宣戦布告

 沖縄戦の開始から68年―。殺された人々を悼むために沖縄に向かう直前、新基地建設のための公有水面埋め立てを政府が申請したことを知りました。安倍首相や小野寺防衛相は、この時期が沖縄にとってどういう意味を持つのか、考えもしなかったのでしょうか。

米軍の慶良間諸島上陸にともない、住民は軍により集団死を強いられました。米軍の捕虜になったら殺されると騙(だま)され、背いたら友軍に殺されるという恐怖も重なり、愛する者や自らの命を絶たせられました。その無念と、むごい記憶の中で戦後を生きてきた人々の気持ちに、一瞬でも思いを馳(は)せることはなかったのでしょうか。
 昨年10月、全県の反対の中で沖縄の空をオスプレイが侵して以来、3月下旬に辺野古埋め立ての最後通牒(つうちょう)が沖縄に突き付けられるまでの道のりは、1944年10・10空襲から翌年3月末の米軍上陸にいたるまでの恐怖の日々と重なります。それ以降数か月にわたり繰り広げられた虐殺の日々の記憶とともに生きる人々は、68年たっても軍の暴力から解放されることはありません。それどころか、史実を教科書に記載し後世に伝えるという当然の営みまで妨害されているのです。
 実際、日本政府には、沖縄の立場に立って考えるという気すらないようです。安倍首相が国会議員宛てに出した4月28日の式典への招待状には、「平和条約の発効による我が国の完全な主権回復及び国際社会復帰六十周年の節目を記念し」(傍点筆者)とあります。
 3月7日、式典を行うと表明した時点で沖縄から激しい反発が出ていたにもかかわらず、招待状にあえて「完全な」主権回復と記す意図は何なのでしょうか。これが沖縄迫害に輪をかける行為であり、辺野古埋め立て申請と同様、沖縄への宣戦布告か、と思うのは、私だけでしょうか。
(乗松聡子(のりまつさとこ)、ピース・フィロソフィーセンター代表)