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森内俊之九段との熱戦

 第72期名人戦7番勝負第4局で羽生善治4冠と対局する森内俊之九段=2014年5月21日、千葉県成田市

 永世名人の資格を持つ森内俊之九段と私は、時々話をすることがある。

 ある時、森内九段とともに食事をしながら、「私は持将棋模様の将棋が下手なのですよ」と話した。互いの玉が相手陣に入って行って条件を満たせば、無勝負(引き分け)になるケースがある。あらためて指し直すので、勝敗は決まる。将棋は相手の玉を詰ますものなので、ただ相手陣に玉が入って規定の駒数を確保するための戦いは、少し戦意が落ちる場合がある。

 そういった経験から森内九段に話した。すると全く意外な言葉が返ってきた。森内九段は、ほほ笑みながら言った。「そんなことありませんよ、私は先生に以前、232手で負かされています」と。私たちは勝敗はだいたい覚えているが、手数までは覚えないことが多い。森内九段のユニークさと記憶力のよさに驚嘆した私は、その翌日、早速棋譜を取り寄せて本局を研究した。

 1996年6月9日の対局で、棋王戦の本戦の将棋であった。82年に42歳で念願の名人になった時、当時まだ小学生だった森内九段は奨励会の試験を受けようとしていたという。棋王戦の対局のときは、名人戦の順位戦でA級同士であった。森内九段は矢倉の作戦が得意である。私も矢倉が好きで、タイトルの多くは矢倉で獲得している。その棋王戦の将棋は相矢倉となり、かすかに私が指しやすくなった。しかし互いに攻防の秘術を尽くし、午前10時に開始した戦いは夜の9時すぎに私の勝ちで終わった。

 将棋の平均手数は125手だが、この熱戦は確かに232手で終局した。公式戦では、対局者の残り時間がわずかになると記録係が時計の秒を読み始める。規定の時間内に指せば何手でも指せる。本局は残り時間が両者共に1分となり、森内九段が45手、私が39手にわたり1分以内で指し続けた。ずっと最善手と考えられる着手が続いた名局と思う。新聞に掲載される観戦記は、1局につき7日から10日間ほどの期間で完了するのが一般的だが、本局は日数を延ばしたことが想像される。

 森内九段と私は名人戦の順位戦でもよく指した。2013年と14年は2年続けて「富士通杯達人戦」の将棋を、力を込めて戦った。(加藤一二三)


(共同通信)